ソーラーグレージング(太陽光×羊雑草管理・草刈り)とは?急成長する米国市場の現状

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

エネがえる アイデア
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ソーラーグレージング(太陽光×羊雑草管理・草刈り)とは?急成長する米国市場の現状

ソーラーグレージングとは、太陽光発電所の敷地内で羊などの家畜を放牧し、雑草管理(草刈り)を行う仕組みです。いわゆる「アグリボルタイクス(農業+太陽光発電)」の一形態であり、一つの土地からエネルギーと農業生産という二つの収入源を得られる点が特徴です。太陽光パネルの下で羊が草を食み、土地の管理費を抑えつつ羊毛や食肉といった畜産収入も得られるため、農家にとって新たなビジネスモデルとして注目を集めています。また近年の研究では、ソーラーグレージングは土壌の健康や生態系にも好影響を与える可能性が報告されており、エネルギー・農業・環境の三面で「ウィンウィン」を実現できる持続可能なアプローチとして期待されています。

実際、米国ではソーラーグレージングが急速な拡大を遂げています。2024年10月時点で、全米30州以上にわたる約50万エーカー(約20万ヘクタール)の太陽光発電所で羊の放牧が行われ、その数は113,000頭以上に上ります。この規模は、従来考えられていたよりはるかに大きく、2021年時点の15,000エーカーから2024年には129,000エーカー超へと、わずか数年で放牧面積が8倍以上に増加したことになります。ソーラーグレージングは現在、アグリボルタイクスの中で最も普及している形態であり、太陽光発電の導入拡大と歩調を合わせて急成長を遂げているのです。

米国ソーラーグレージング市場:収益モデルとプレイヤー動向

米国におけるソーラーグレージングの広がりを支えているのは、その収益性多様な参入プレイヤーです。ソーラーグレージングでは、大きく分けて「太陽光発電事業者」と「放牧事業者(羊を管理する農家)」がパートナーシップを組みます。典型的な収益モデルでは、発電所オーナーが放牧事業者に植生管理サービス料を支払い、放牧事業者は発電所内で羊を飼養して雑草を抑制することで報酬を得ます。

この契約形態は双方に利益をもたらし(グリーンで低コストな雑草管理と、農家の収入源創出)、成功の鍵はまさに「互恵関係」であると報告されています。調査では、良好なソーラーグレージング事業の要因として「互いに利益があること(38%)」「コミュニケーションの良さ(23%)」が挙げられており、発電事業者と農家の信頼関係が重要です。

農家側のメリット: 従来の農業収入に加えて、ソーラー発電所からの委託料が新たな収入源となります。例えばテキサス州の農家チャド・レインズ氏は、綿花栽培に替えて太陽光発電所5ヶ所(合計22,000エーカー)での羊放牧契約ビジネスに転換し、結果として綿花では20万ドルの赤字予想だった農場経営が、羊肉の販売も合わせ年間30万ドルの黒字に好転したと語っています。放牧に必要な人件費や牧羊犬の餌代(月2千ドル!)もすべて太陽光発電所からの収入で賄われており、「この方法でなければ農場を維持できなかっただろう」と述べています。またバージニア州のグレイ夫妻は、ドミニオン・エナジーなど大手電力会社との契約で900頭の羊群を4,000エーカーの建設中太陽光サイトに放牧し、「穀物を市場価格で売るのではなく自分たちで価格交渉できる安定収入が得られるようになった」と証言しています。このように農家が自ら“ソーラー芝刈り業”を営むケースが増えており、米国では農家が経営多角化で不況を生き抜く術として注目されているのです。

発電事業者側のメリット: 羊による除草は機械による草刈りよりも運用コスト削減につながる可能性があります。米国大手ソーラーデベロッパーの一つシリコン・ランチ社では、サイトによっては井戸掘削や柵設置など初期投資が増えるものの、稼働後は「管理放牧によって運用費を約20%節減できている」とCEOが明かしています。遠隔地への芝刈り要員派遣や重機燃料コストが減り、地元の羊飼いに適正賃金を支払っても経済的に有利だと言います。また、羊による自然な植生管理は地域社会へのイメージ向上にも寄与します。発電所に農場の羊がいることで地域住民の親近感が増し、許認可や運営段階でコミュニティとの軋轢が和らぐ効果があるとされています。実際、発電所で羊を飼う農家は「その地域における太陽光プロジェクトの顔」となり得るため、ソーラーグレージングは再エネ事業者にとって地域との共生策にも位置付けられています。

主要プレイヤーと市場動向: 米国では農家だけでなく、多様なプレイヤーがソーラーグレージング市場を盛り上げています。非営利団体の米国ソーラーグレージング協会(ASGA)は、全米で初の農業者主体の agrivoltaics 組織として設立され、現在45州で約1,000名の会員を擁しています。ASGAはオンラインで発電事業者と農家をマッチングする地図データベースを運営し、研修プログラムやベストプラクティス共有によって新規参入を支援しています。また、前述のシリコン・ランチ社のように再エネ事業者自らが羊の繁殖プログラムを立ち上げる動きもあります(同社は地元農家への羊供給を図るためジョージア州で繁殖事業を開始)。大手電力会社のドミニオン・エナジー大規模サイトに放牧契約を導入し、エネルギー業界と畜産業界のコラボを進めています。再エネ開発大手ライトソースBPもASGA役員を務める人材を擁し、積極的にソーラーグレージングを支援しています。一方、個人レベルでも「テキサス・ソーラー・シープ」のような専門牧場ビジネスが登場し、若手農業者が数百万ドル規模の放牧契約を次々と獲得しています。農業不況にあえぐ米国において、ソーラーグレージングは農場を救う収入多角化策」として認識され始めており、結果的に国内の羊頭数も久々に増加傾向に転じました(再生エネ需要が2016年以来の全米羊群規模拡大をもたらしたとの分析)。

技術面・運用面のポイント:羊が拓く新たな土地活用

ソーラーグレージングを成功させるには、太陽光発電設備と家畜管理を両立させる技術・運用上の工夫が欠かせません。ASGAの調査によると、「サイト設計」「水の確保」「フェンス設置」が放牧の難易度を左右する三大要因に挙げられています。特にパネル配置や配線の高さなどのサイト設計は、羊が安全かつ効率的に草を食めるか(=労務コストに直結)に直結するため、契約価格にも大きく影響するといいます。例えばパネルが地表近くに低すぎると人や羊の移動が困難になり、配線が露出していると羊が絡まるリスクが高まります。そのため、十分なパネル下空間の確保や配線・支柱の防護など家畜フレンドリーな設計が重要です。

運用面では、給水設備と電気柵が肝になります。広大な発電所では牧草だけで羊の水分を賄えないため、井戸や給水タンクを設置して常に清潔な飲み水を提供します。フェンスについても、敷地外への逸走防止だけでなく、サイト内を区画に分けた輪換放牧(ローテーション放牧)を実施することで効率的に草を食べ尽くさないよう管理します。なお米国ではコヨーテや野犬から羊を守るために牧羊犬やラマ、エミューといったガードアニマルを配置する例もあります(テキサスのある牧場では羊の番犬代だけで月2,000ドルかけ、エミューを雇った事例も報じられています)。幸い羊は大人しい草食動物であり、太陽光パネルやケーブル自体を積極的に齧ったりすることは少ないとされます(山羊は登攀・噛み癖があり設備に不向きとされ、「太陽光にはヤギよりヒツジ」が世界の常識です)。むしろ羊は暑さに弱く汗をかけないため、パネルの影が日除け・雨除けとして機能し、夏場でも快適に過ごせる利点があります。

環境・農業への効果: ソーラーグレージングは環境面のメリットも報告されています。まず、草刈り機の使用頻度が減ることで二酸化炭素排出や騒音が削減されます。また羊の排泄物は天然の肥料となり、土壌中の有機物や養分を増やして地力を向上させます。化学肥料や除草剤を使わないことで土中のミミズや微生物が保全され、生物多様性豊かな土壌生態系が維持されます。実際、米国農務省(USDA)の試験ではソーラーサイト内で1000種以上の動植物が確認された例もあり、放置され荒廃していた土地が放牧により息を吹き返すケースもあります。羊にとってもパネル下での放牧環境はストレスフリーで健康的とされ、海外の研究では「強い直射日光が和らぎ、朝露が草に降りることで牧草の栄養価(タンパク質)が向上する」との報告もあります。ある調査では、羊はパネル直下の日陰になった草地を好んで採食し、炎天下よりもむしろ下草の生育と家畜の成長が良かったとの結果も示されています。このようにソーラーグレージングは「土地の多機能利用」を実現し、エネルギー生産と生態系サービスを両立させる持続可能な技術として注目されています。

米国における政策支援と今後の展望

ソーラーグレージングの急成長を支える背景には、再生可能エネルギー拡大と農業支援に関する政策や業界団体の尽力があります。米国エネルギー省(DOE)は全国再生可能エネルギー研究所(NREL)を通じ、アグリソーラー(太陽光と農業の共生)に関する研究プロジェクトInSPIREを推進しており、本記事冒頭で触れたASGAとの共同調査もその一環で資金提供を受けて実施されました。NRELは全米230ヶ所以上のソーラーグレージング実施サイトのデータベースと地図を公開し、知見の共有やベストプラクティスの蓄積に努めています。行政レベルでは、州によって対応は様々ですが、ニューヨーク州やコロラド州など農地保全を重視する地域では「太陽光発電+農業」を両立するプロジェクトに許認可面で配慮する動きも見られます。例えば東部マサチューセッツ州では、営農型太陽光発電に対し電力買取価格に上乗せインセンティブを与える制度(SMARTプログラム)を導入し、ブルーベリー栽培とソーラーシェアリングの併用など多彩な事例が増えてきました。また連邦レベルでも、2022年成立のインフレ抑制法(IRA)には農村再エネ事業への支援策が含まれており、グレージングも含めた「再生エネと農業の共存」に資金が投じられる可能性があります。ただし政権交代による政策変更リスクもあり、2025年時点ではIRA関連の一部予算が凍結される局面も報じられています。それでも民間主導の勢いは止まらず、「農家が気候プログラムに頼らずとも経営できる道を拓くべき」との声もある中、ソーラーグレージングは市場原理に支えられ自律的に拡大を続けるでしょう。米国ソーラー産業協会(SEIA)の予測では、今後も大規模ソーラー開発は増加が見込まれており、それに伴い2030年頃までにソーラーグレージング用の羊需要はさらに高まるとの見方もあります(実際、一部では需要超過で羊が不足し、繁殖から手掛ける企業も現れている状況です)。

以上、米国の事例からは「ソーラーグレージングは再エネ普及と農業再生を両立し得る有望モデル」であることが読み取れます。ではこのモデルは日本でも成立するのでしょうか?次章では、日本市場における事業可能性を多角的に検証します。

日本市場への展望:ソーラーグレージング事業の可能性と課題

米国で急拡大するソーラーグレージングですが、日本でも新たなビジネスモデルとして成立し得るのでしょうか。結論から言えば、「条件次第で可能性は大いにあるが、米国以上に工夫と支援が必要」です。ここでは法規制土地確保連携モデル経済性政策支援の観点から、日本における事業可能性を評価します。

法規制の現状:営農型発電としての位置付け

日本で太陽光発電と農業(畜産)を両立させる場合、「営農型太陽光発電」(いわゆるソーラーシェアリング)の制度枠組みを考慮する必要があります。農地の上空に太陽光パネルを設置し、その下で引き続き農業を営む場合、農地法に基づく一時転用許可が必要です。農林水産省は2013年にガイドラインを策定し、「営農を適切に継続し作物品質も極端に低下しないこと」などを条件に太陽光発電設備の設置を認める方針を明確化しました。具体的には支柱等による日照阻害率の目安や、農業機械が支障なく通行できるようパネル高さ2m以上とすることなどの基準が示されています。当初、一時転用許可は最長3年の更新制でしたが、近年の規制緩和で最長10年まで延長され(一定条件下)、より長期の事業計画に対応できるようになりました。

ソーラーグレージングにおいても、この営農型発電の枠組みで許可を取得するケースが想定されます。実際、「営農放牧型太陽光発電システム」として特許まで取得した企業も登場しています。兵庫県のベンチャー町おこしエネルギー社は、北海道白糠町の大規模牧草地で日本初のメガソーラー規模(約9.6MW)のソーラーグレージング事業を計画し、2024年に三菱UFJ銀行・大阪ガスとの三者で電力購入契約(PPA)を締結しました。このプロジェクトでは、町おこしエネルギー社が太陽光発電所を開発・運営しつつ、同じ敷地で羊の放牧事業も展開します。発電事業者(町おこし社)から委託を受けた放牧事業者が敷地内で羊を放ち、植生管理サービス提供によって収入を得るビジネスモデルです。大阪ガスは発電された電力および環境価値(非FIT非化石証書)を長期購入し、三菱UFJ銀行はその環境価値を調達して自社オフィスのCO2削減に充当するというスキームになっています。このように金融機関・エネルギー企業も巻き込んだ形で実証から商用段階への第一歩が既に始まっています。

営農型発電としての許可取得はハードルがあるものの、近年は政府も「農業と再エネの両立」に舵を切りつつあります。2020年策定の食料・農業・農村基本計画でも再生エネ導入が触れられ、農地転用許可の運用緩和や推進策が議論されました。もっとも、事業継続性の課題は残ります。営農型発電は許可更新や農業継続報告が求められ、太陽光設備の償却期間(通常20年程度)と農地許可期間(最長10年)のズレをどう克服するかがポイントです。将来的に制度のさらなる安定化(例えば一時転用期間のさらなる延長や恒久転用への特例措置等)が望まれますが、現時点では計画段階から営農継続の確実性を担保する綿密な事業計画が求められます。

土地確保と地域連携の可能性

日本でソーラーグレージングを展開する上で鍵となるのは適切な土地の確保です。日本は国土の約7割が森林に覆われ、平地農地は貴重な資源です。メガソーラー開発ではこれまで山林伐採による環境破壊や土砂災害リスクが問題化してきましたが、ソーラーグレージングは遊休農地の活用に活路を見出します。町おこしエネルギー社の事例では、元々大規模な牧草地だった耕作放棄地に手を付け、木の伐採や大規模造成を行わずそのままの地形でパネルを設置する方式を採用しました。これは、もともと牧草地で大木がなく平坦だった土地を活かしているため、環境負荷を最小限に抑えられる利点があります。同社は2018年から各地で遊休牧草地の再生に着手し、累計1,000ヘクタール以上をソーラーグレージングで再活用したと謳っています。これは日本一の規模であり、「耕作放棄地・遊休地の再生面積日本一」を掲げるほどです。

遊休農地、とりわけ北海道の放牧適地は重要なポテンシャルです。北海道東部では畜産農家の高齢化や離農により使われなくなった放牧地が増加しており、白糠町のプロジェクトもまさに広大な未利用牧草地の再生を目的の一つとしています。自治体側も「一次産業の振興」「環境に配慮したまちづくり」の観点からソーラーグレージングを地域活性化策として歓迎しています。白糠町では道立公園予定地に隣接するエリアでこの取り組みが行われ、「再エネと一次産業の融合・共生」として町づくり方針に合致すると評価されています。

一方、本州以南でもゴルフ場跡地休耕田の転用などが考えられます。実際、大手ソーラー開発会社のパシフィコ・エナジーは宮城県の旧ゴルフ場に建設した出力56.7MWの大型太陽光発電所で、試験的に羊25頭の放牧を行いました。この発電所(古川メガソーラー)では、除草剤を使わず人手で草刈りをしていましたが、膝を屈めてパネル下の雑草を刈る作業は45ヘクタールもの広大な面積では大変な重労働でした。そこで近隣で羊肥育事業を営む会社の協力を得て羊を導入し、2023年夏から秋にかけて除草効果を検証したのです。この試みは成功を収め、パシフィコ・エナジーは「できるだけ多くの発電所で羊牧場を営み、地球にやさしい発電所運営と食・エネルギー自給率向上に貢献したい」とコメントしています。つまり、既設のメガソーラーに後付けで放牧を導入する動きも出始めているのです。ゴルフ場跡地や山間部のメガソーラーでは、元から農地ではないため農地転用許可は不要ですが、逆に「営農型発電」のメリット(税優遇や地元理解など)も得づらい面があります。それでも、単に雑草管理手法として羊を活用するだけなら法的制約は小さいため、運営コスト削減策として普及する可能性があります。

農家・電力会社の連携モデル: 日本では羊の飼育頭数が少ないことから、誰が羊を管理するかが課題になります。現状、日本の羊飼育頭数は1万頭程度とも言われ(対して米国は約500万頭)、商業的羊農家は多くありません。しかしこれは見方を変えれば新規就農者や酪農家の新規事業参入の余地があるとも言えます。太陽光発電事業者と連携し、「預けられた土地で羊を管理する代行業者」のようなスタートアップが登場する可能性もあります。米国ASGAのように、日本でも太陽光発電所と羊のマッチングプラットフォームが出来れば、土地を持つ再エネ事業者と羊を飼いたい農家の橋渡しがスムーズになるでしょう。

もう一つのモデルは、発電事業者自ら畜産部門を持つことです。町おこしエネルギー社は地熱発電や観光、馬牧場事業まで手掛けていますが、ソーラーグレージング事業では発電収入の一部を畜産事業に回す仕組みを構築し「畜産業の持続可能性向上に貢献できる」と説明しています。安定した太陽光発電収入を原資に畜産を運営すれば、飼料高騰や市場価格変動に左右されにくく、畜産農家も安心して経営を続けられるというわけです。これは日本型のユニークなモデルで、農業生産法人や地域の第三セクターが発電事業を起こし、自ら放牧も行うケースが今後増えるかもしれません。

地域社会の受容性: ソーラーグレージングは、太陽光発電への地元理解を得やすくする効果も期待できます。農地転用型のメガソーラーが「農地を潰す」と敬遠されがちな一方、営農型であれば「農業も続けるから土地が死なない」と説得しやすくなります。実際、町おこしエネルギー社のプロジェクトでは地元自治体や地域住民から歓迎の声が上がっており、農業振興や教育効果(子供たちが環境と農業の共生を学べる)にもつながると評価されています。また、日本では羊=可愛い動物というイメージもあり、観光や地域イベントと絡めた展開も可能でしょう。北海道新得町では羊牧場が観光名所になっていますが、ソーラーグレージング発電所でも一般公開デーに「羊探しイベント」を開催した例があります。こうした取り組みは、再エネ設備が地域に根ざし愛されるきっかけとなるはずです。

経済性と投資対効果:日本でビジネスは成り立つか?

日本におけるソーラーグレージングの経済性評価は、ケースバイケースではありますが、いくつか指標を挙げてみます。

  • 初期投資コスト: 営農型発電ではパネル高架設置のため架台コストが増加し、さらに柵や給水設備の設置費用も必要です。農林水産省の資料によれば、高さ2m以上の架台にすることで初期コスト増により事業採算性が課題と指摘されています。しかし町おこしエネルギー社のように造成を省略できる土地では土木費用が抑制でき、トータルでは通常のメガソーラー開発と大差ない場合もあり得ます。また、遊休地を活用する場合は土地取得・賃借コストが低廉である利点があります(農地法上の権利設定費用は発生しますが、都市近郊の宅地より格段に安い)。

  • 運用コスト: 雑草管理費はメガソーラー運営の無視できないコストです。除草剤不使用の場合、草刈り作業は年に数回必要で、作業員の日当や機械燃料代が積み重なります。羊による除草はこれらのコストの相当部分を代替できます。パシフィコ・エナジーの例では45haの草刈りを人力で行っていたものを羊25頭に任せていますが、全面的に置き換えられなくとも、例えば年間草刈り回数を半減できれば大きな節約です。さらに人手では対応しづらいパネル下の除草も羊なら難なくこなすため、作業安全性・効率性の面でもメリットがあります。もっとも、羊だけですべての植生管理が完結するわけではなく、調査では2/3の事業者が羊放牧に加えて機械刈りなど追加手段も併用していると報告されています。特に羊が好まない雑草(シダ類や木本系の芽など)が残れば、人力で抜く必要があります。したがって「羊+最小限の人手」というハイブリッド戦略が現実的ですが、それでもトータルの維持費低減は十分見込めます。

  • 収益機会: 太陽光発電収入に加え、畜産収入が得られる点がソーラーグレージングの魅力です。羊毛や羊肉の国内需要は限られますが、例えば国産ラム肉は希少価値が高く高級食材として流通します。また、「ソーラー放牧ラム」「エコシープ」など付加価値を付ければブランド肉として販路を開拓できる可能性もあります。再エネ投資家にとっては、発電売電(またはPPA収入)だけでなく、環境価値の取引や副産物販売といった複数の収入源があることで事業の安定性が増します。実際、米国のレインズ氏も放牧契約収入と並行してラム肉販売で利益を上げています。日本でも羊牧場と契約し、肉や乳を地域ブランド化するなど六次産業的な展開が考えられます。

  • 投資対効果(ROI): 投資採算性については、発電所としての収支と放牧事業としての収支を総合して評価する必要があります。仮に架台高や低密度配置による発電量ロスがあるとしても、営農型のメリットとして固定資産税の農地課税が維持できる(転用しないため)場合があります。農地一時転用では転用期間中も農地扱いであるため、農地並み課税が適用されれば大幅なコスト減となります。またFITなど固定価格買取期間終了後も、自家消費型PPAや非FIT電力として販売継続しやすいのも利点です(農地転用型だと期間満了後の土地原状復帰が課題となりますが、営農型なら継続可能性が高い)。さらに、グリーンボンド発行やESG投資を呼び込む際に「食料生産と再エネの両立」というストーリーは評価ポイントとなり得ます。MUFGがソーラーグレージング電力の環境価値を調達したように、大企業がCSR・脱炭素の観点で支援するケースも今後増えるでしょう。定量的なROIは個々の案件で算出が必要ですが、先行事例が示すように適切なパートナーシップを構築すれば十分事業性は見込めると言えます。

日本における政策支援と今後の課題

日本政府も徐々にではありますが、営農型太陽光発電の普及に向けた支援策を整備しつつあります。2024年には営農型発電設備の許可基準が法制化され、都道府県ごとにばらつきのあった運用が明文化・統一化されました。また一時転用期間の延長(3年→10年)や、条件を満たせば初回許可から最長10年の転用を認めるなど、事業継続性に配慮した改正が行われました。農水省・経産省・環境省も協働でモデル事業の公募やガイドブック作成を進めており、NEDOからは営農型発電の設計施工ガイドライン(2025年版)も公開されています。資金融資面では日本政策金融公庫がグリーンファイナンスの一環で農業+再エネ事業に融資枠を設ける動きもあります。

しかし課題も残ります。まず認知度です。米国ほど一般的な事例がないため、農家や地方自治体にとってソーラーグレージングは未知の取り組みです。「太陽光パネルの下で本当に農業ができるのか?」という疑問に対し、実証データを示して理解を促す必要があります。次に人材・ノウハウ不足。羊の飼育経験者が少ないため、畜産ノウハウの共有や研修が重要です。幸い、北海道などには酪農大学校や畜産試験場があり、ノウハウ蓄積が期待できます。ASGAのような農家主体のネットワークを日本でも構築し、情報交換や成功・失敗事例の共有を図ることが望まれます。

さらに経営リスクとして、農業部分と発電部分の双方に目配りする必要があります。例えば家畜伝染病の発生リスク(口蹄疫や寄生虫など)や台風・猛暑による羊の健康被害、逆に太陽光パネル側の故障や災害リスクなど、複合事業ゆえにリスク要因も複合的です。これらに対しては保険の活用やBCP(事業継続計画)の整備が求められます。また、日本特有の問題としてイノシシやシカによる柵破損や羊への危害も考えられ、地域の野生動物対策とも連携が必要でしょう。

最後に、制度面のさらなる後押しがあれば普及は加速します。例えば営農型発電で生産された電力にプレミアム価値を認定する制度(グリーン電力証書に「農業由来」を付加する等)や、固定価格買取制度における加点措置などが考えられます。また、農地バンク制度と組み合わせ、遊休農地を集約してソーラーグレージング事業者に貸し出すスキームも有効でしょう。政府の再エネ導入目標(2030年度に36〜38%)と食料安保目標の双方に資する取り組みとして、ソーラーグレージングは政策的にも「一石二鳥」の価値があります。今後の農政・エネルギー政策の中で位置付けを明確にし、関係省庁横断的な支援策が打ち出されることが望まれます。

まとめ:ソーラーグレージングが切り拓く持続可能なビジネスモデル

米国の事例で見てきたように、ソーラーグレージングは再生可能エネルギーの拡大と農業・畜産の振興を同時に実現する画期的なビジネスモデルです。急成長する米国市場では、数多くの農家が収益機会を得て経営を再建し、エネルギー企業もコスト削減と地域貢献を両立させています。その背後には、産官学の連携した調査研究や協会組織の活動、そして何より現場の創意工夫がありました。

日本においても、課題はあるもののソーラーグレージングの可能性は十分にあります。鍵となるのは「地域資源の有効活用」と「異業種連携」です。遊休地や放牧地といった地域資源に光を当て、エネルギーと農業の専門家が手を組むことで、新たな価値創造が期待できます。投資家にとっては単なる発電事業ではなく複合アセットへの投資となり、リスク分散と社会的インパクト創出の両面で魅力があるでしょう。政策立案者にとっては、地方創生や脱炭素、食料自給といった政策目標を一体的に進める手段となり得ます。スタートアップや農業者にとっても、新市場で先行者利益を得るチャンスであり、「農とエネルギーの融合」という フロンティアに挑戦する醍醐味があります。

最後に強調したいのは、ソーラーグレージングは単なる技術ではなくビジネスモデルであるという点です。すなわち、関わる全てのステークホルダーがメリットを享受できて初めて成り立つ持続可能な仕組みです。米国調査で示された「相互に利益があること」が成功要因との指摘は、日本においても示唆に富みます。エネルギー事業者・農家・金融機関・自治体・地域住民といった多様な主体がwin-winの関係を築き、それぞれの強みを持ち寄ることができれば、ソーラーグレージングは日本でも大きく花開くでしょう。

時代は再生可能エネルギーと食料安全保障の両立という難題に直面しています。その解の一つとして、生まれつつあるソーラーグレージングという新たなビジネスモデル。「太陽の恵み」と「大地の恵み」を一つのフィールドで収穫するこの挑戦が、今後の持続可能な社会づくりに向けたキーソリューションの一つになることを期待したいと思います。

(参考文献・情報源)

  • ASGA/NREL「アメリカ合衆国ソーラーグレージング国勢調査2024」報告書ほか

  • pv magazine USA: “Solar grazing undergoing rapid growth, census finds” (2025年6月18日)

  • Reuters通信: “US farmers switch to renting out sheep as lawn mowers for solar sites” (2025年3月3日)ほか

  • 北海道新聞: 「太陽光発電 羊は満腹 白糠の放牧地で国内初導入…」(2024年8月2日)

  • 町おこしエネルギー公式サイト: 「自然放牧共生システム ソーラーグレージング®」事業紹介ページ

  • パシフィコ・エナジー公式note: 「太陽光発電所で羊を飼う〔ソーラーファームと羊牧場のコラボ〕」(2023年9月16日)

  • 自然電力 Re+ コラム: 「営農型太陽光発電とは?取り組みや課題、導入事例を解説」(2022年11月10日)ほか

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