2026年改正下請法(取引適正化法)の衝撃 太陽光・蓄電池業界の構造変革と、事業者が今すぐ着手すべき新・成長戦略

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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目次

2026年改正下請法(取引適正化法)の衝撃 太陽光・蓄電池業界の構造変革と、事業者が今すぐ着手すべき新・成長戦略

【はじめに】日本の再エネ・サプライチェーンに訪れる「静かなる大革命」

2026年1月、日本の商取引の根幹を揺るがす「静かなる大革命」が幕を開ける。長年にわたり日本の産業構造に深く根付いてきた下請代金支払遅延等防止法(以下、下請法)が、その名称を「中小受託取引適正化法」(以下、取引適正化法)へと改め、大幅に改正されて施行される予定だ 1。これは単なる法改正ではない。力関係に基づく一方的な価格決定やコスト転嫁といった、旧来の商慣習の終焉を告げる号砲であり、日本の再生可能エネルギー、特に太陽光・蓄電池業界のサプライチェーン全体の関係性を根本から再定義する地殻変動の始まりである。

この変革は、決して真空地帯で起きているわけではない。むしろ、国内外の複数の圧力が一点に収斂した「パーフェクトストーム」に対する、日本政府の明確な国内的回答と捉えるべきである。

  1. 経済的圧力: 近年の急激な労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇は、もはや個社の努力で吸収できる限界をとうに超えている 2。国土交通省が発表する公共工事設計労務単価は13年連続で上昇し 5、建設資材価格指数も高止まりを続けている 7。このコスト上昇分を適切に価格転嫁できなければ、サプライチェーンの末端から疲弊し、業界全体の持続可能性が脅かされる。

  2. 地政学的圧力: 太陽光パネルのサプライチェーンは、ポリシリコンからモジュールに至るまで、その8割以上を中国に依存するという極めて脆弱な構造を抱えている 9。この特定国への過度な依存は、米国の「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」のような人権デューデリジェンス法制による輸入差止リスクを増大させるだけでなく 11、エネルギー安全保障上の深刻な懸念となっている。

  3. 国際的規制圧力: EUの「企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)」に代表されるように、サプライチェーン全体の人権・環境リスクの管理を企業に法的に義務付ける動きがグローバルスタンダードになりつつある 13。これは、もはや「見て見ぬふり」が許されない時代の到来を意味する。

本レポートは、この取引適正化法を、単に恐れるべきコンプライアンス上の負担としてではなく、むしろ強力な「触媒」として捉えるべきだと論じる。この法律は、適応力のある企業にとっては、より強靭で透明性の高い、そして最終的にはより収益性の高いビジネスを構築するための法的基盤を提供する。一方で、旧態依然とした慣行に固執する企業は、そのビジネスモデル自体が立ち行かなくなり、市場からの退場を余儀なくされるだろう。

本稿では、改正法の核心を解き明かし、それが太陽光・蓄電池業界に与える不可逆的なインパクトを多角的に分析する。そして、リスクを乗り越え、この変革を成長の好機へと転換するための、具体的かつ実行可能なアクションプランを提示する。これは、すべての業界関係者が、来るべき新時代を生き抜くための戦略的羅針盤である。

第1章:なぜ下請法は生まれ変わるのか?「取引適正化法」誕生の背景にある根源的課題

今回の法改正の背景には、単なる取引の公正化という名目だけではない、より根源的な日本の経済構造に対する強い問題意識が存在する。それは、長年にわたり日本経済を蝕んできた「デフレマインド」との決別であり、持続的な賃上げを実現するための土壌を法的に整備しようという国家的な意思の表れである。

1.1. 旧法の限界と「失われた30年」の商慣習

改正の最大の目的は、「構造的な価格転嫁」の実現にある 2。これは、労務費や原材料費などのコスト上昇分を、サプライチェーン全体で適切に分かち合い、最終製品・サービスの価格に反映させていく仕組みを定着させることを指す。政府・公正取引委員会の狙いは明確だ。これにより、特に中小企業が「物価上昇を上回る賃上げ」を実現可能な原資を確保できるようにすることである 2

長引くデフレ経済の中で、日本の企業社会には「価格は据え置くのが当たり前」「コスト上昇は下請けが吸収すべき」という、いわゆる「デフレマインド」が深く浸透してしまった 15。このマインドセットは、企業の投資意欲を削ぎ、結果として賃金の停滞を招く大きな要因となってきた 17

従来の「下請法」も、優越的地位の濫用を取り締まるための重要な法律であった。しかし、その適用範囲は主に資本金基準で定められており、巧妙に規制を回避する企業も少なくなかった。また、コスト上昇を理由とした価格交渉そのものを一方的に拒否する行為に対して、旧法は必ずしも十分な抑止力を持っていたとは言えなかった。この旧法の限界を乗り越え、より実効性のある形で価格転嫁を促すために、今回の抜本的な改正、すなわち「取引適正化法」への進化が必要とされたのである。

1.2. 徹底解剖:改正法の4つの核心的変更点

改正法は、旧法の骨格を引き継ぎつつも、その実効性を飛躍的に高めるための4つの核心的な変更が加えられている。これらは太陽光・蓄電池業界のあらゆる事業者にとって、無視できない重要なポイントである。

改正ポイント 概要 太陽光・蓄電池業界への特有の影響
① 適用対象の拡大 従来の資本金基準に加え、従業員数基準(製造委託等:300人、役務提供委託等:100人)を新設。 資本金が小さくても多くの施工スタッフを抱える中堅の販売施工会社やEPC事業者が新たに対象となる可能性が高い。
② 禁止行為の追加 受託者からコスト増を理由とする価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じないことや、必要な説明を行わない一方的な価格決定を禁止。 パネル・部材価格や労務費の高騰を理由に、施工会社が元請に対して価格交渉を申し入れやすくなる。元請は交渉のテーブルにつくことが法的に義務付けられる。
③ 執行体制の強化 公取委・中小企業庁に加え、事業所管省庁にも指導・助言権限を付与。報復措置の禁止に関する申告先も拡大。 業界の実態に詳しい経済産業省(資源エネルギー庁)などが指導に関与する可能性があり、より専門的で実効性のある監督が期待される。
④ デジタル化・事務効率化 発注書面等の電磁的方法による提供について、受託者の事前承諾が不要に。不当な「減額」も遅延利息の対象に追加。 デジタル化が進む一方、全ての取引記録を正確に電子保存する体制が不可欠となる。不当な減額に対するペナルティが強化され、安易なコストカットが困難になる。

① 適用対象の劇的な拡大(従業員数基準の導入)

今回の改正で最もインパクトが大きいのが、この適用対象の拡大である 1。従来の資本金基準では対象外だった企業が、新たに追加された「従業員数基準」によって法の網にかかることになる。具体的には、製造委託や修理委託などでは従業員数300人超、情報成果物作成委託や役務提供委託では従業員数100人超の事業者が、資本金の額にかかわらず「親事業者」と見なされる可能性がある 18

太陽光・蓄電池業界は、巨大メーカーから地域密着の小規模な施工店まで、多様な規模のプレイヤーが複雑に絡み合う構造を持つ。特に、全国に多数存在する中堅の販売施工会社やEPC(設計・調達・建設)事業者は、資本金は小さくとも、多くの施工技術者や営業担当者を抱えているケースが少なくない。これらの企業が新たに法の規制対象となることで、コンプライアンスの必要性は業界全体に一気に広がる。取引先の従業員数を正確に把握し、管理することが、新たな経営課題として浮上するのである 19

② 新たな禁止行為(価格協議義務の創設)

改正法が持つ、最も鋭い「牙」がこの新設された禁止行為2受託事業者(下請け)が、労務費や原材料費の高騰などを理由に価格の協議を求めた場合、委託事業者(元請け)が正当な理由なく協議に応じなかったり、協議の場で価格の根拠について十分な説明を行わなかったりして、一方的に価格を決定・据え置くことが明確に禁止される 20

これは、太陽光・蓄電池業界における長年の慣行にメスを入れるものだ。例えば、太陽光パネルやパワーコンディショナ、蓄電池本体の価格、あるいは銅線などの部材価格が国際市況で高騰しても、元請けが「価格は決まっているから」の一言で交渉のテーブルにすらつかない、といったケースは珍しくなかった。今後は、このような対応は明確な法律違反となる。この「協議義務」の創設は、力関係で劣る下請け事業者に、価格交渉の「権利」を法的に与える画期的な変更点である。

③ 執行体制の強化と「報復」の禁止

法律が形骸化しないよう、その執行体制も強化される 2。これまでは公正取引委員会と中小企業庁が主たる監督官庁だったが、改正後は、各事業を所管する省庁の大臣にも指導・助言の権限が付与される。太陽光・蓄電池業界であれば、経済産業省(資源エネルギー庁)などがより深く関与してくる可能性が考えられる。

さらに、不当な取引を申告した事業者に対する「報復措置」(取引停止など)の禁止も強化され、申告先として事業所管大臣が追加される。これにより、中小事業者がより安心して声を上げられる環境が整備される。この「面的執行」と呼ばれる多角的な監督体制は、政府の本気度を示すものであり、違反行為に対する抑止力を大きく高めるだろう。

④ デジタル化の促進と事務負担の軽減

一方で、事業者の実務に配慮した改正も行われている。従来、発注書面などを電子メールなどで交付するには、下請け事業者からの事前の承諾が必要だったが、これが不要となる 2。これにより、取引の迅速化やペーパーレス化が促進される。ただし、これは裏を返せば、すべての取引記録を正確かつ改ざん不可能な形で電子的に保存・管理する社内体制の構築が、これまで以上に重要になることを意味する。

また、旧法でも禁止されていた「不当な減額」について、万が一減額が行われた場合に、その減額分に対しても遅延利息の支払いが義務付けられるようになった 2。これは、不当な減額行為に対する経済的なペナルティを重くするもので、安易なコストカットへの強い牽制となる。

1.3. 業界最大の誤解:「うちは建設業法だから関係ない」の危険な罠

太陽光・蓄電池業界の事業者、特にEPCや元請けの立場の企業が陥りがちな最大の誤解が、「太陽光発電所の建設は『建設工事』だから、建設業法が適用され、下請法(取引適正化法)は関係ない」という思い込みである。これは極めて危険な判断ミスであり、深刻なコンプライアンス違反につながる可能性がある。

たしかに、太陽光発電設備の設置工事そのものは、多くの場合「建設工事」に該当し、元請・下請間の請負契約には「建設業法」が優先的に適用される 21建設業法には、不当に低い請負代金の禁止(建設業法19条の3)や、著しく短い工期の禁止(同19条の5)など、独自の下請保護規定が存在する 23

しかし、太陽光発電プロジェクトは、単一の「建設工事」だけで成り立っているわけではない。そのサプライチェーンは、物品の「売買契約」や、サービスの「委託契約」が複雑に絡み合ったハイブリッド構造となっている。この「建設工事」以外の取引こそが、改正される取引適正化法の主たるターゲットなのである 25

以下の表は、太陽光・蓄電池プロジェクトにおける典型的な取引と、それぞれに適用される法律を整理したものである。自社の事業がどの取引に該当し、どの法律の規制を受けるのかを正確にマッピングすることが、コンプライアンスの第一歩となる。

取引内容 取引の類型 適用される主な法律 具体例
基礎工事、架台設置、パネル取付、電気配線工事 建設工事の請負 建設業法

元請けが下請けの施工会社に工事を発注する場合。 27

太陽光パネル、パワコン、蓄電池、架台等の購入 物品の売買(製造委託) 取引適正化法 EPC事業者がメーカーや商社から機器を調達する場合。
発電所の設計、各種申請代行、コンサルティング 役務提供委託 取引適正化法 デベロッパーが設計事務所やコンサルティング会社に業務を委託する場合。
機器の運送・搬入 役務提供委託(運送委託) 取引適正化法

商社が運送会社に現場までの機器輸送を委託する場合。 2

O&M(保守・点検)、除草作業、遠隔監視サービス 役務提供委託 取引適正化法 発電事業者がO&M会社にメンテナンス業務を委託する場合。
使用済みパネルの撤去・解体 建設工事の請負 建設業法

発電事業者が解体業者に撤去工事を発注する場合。 21

使用済みパネルの運搬・リサイクル処理 役務提供委託 取引適正化法 解体業者がリサイクル業者に処理を委託する場合。

このように、一つのプロジェクトを推進する元請事業者は、下請け施工会社に対しては「建設業法」を、パネルや蓄電池のサプライヤー、設計事務所、運送会社に対しては「取引適正化法」を、というように、取引相手に応じて異なる法規制を遵守しなければならない。この複雑なコンプライアンス・マトリックスを理解せず、「うちは建設業だから」と一括りにしてしまうことが、意図せざる法令違反を生む最大の温床なのである。

第2章:太陽光・蓄電池業界の地殻変動:改正法がもたらす5つの不可逆的インパクト

取引適正化法の施行は、単なるルールの変更に留まらない。それは業界の根底にある力学を変化させ、ビジネスの進め方そのものを覆す、不可逆的な5つの地殻変動を引き起こすだろう。これらのインパクトを深く理解することが、新時代を勝ち抜くための戦略策定の前提となる。

2.1. インパクト①:サプライチェーンの強制的な「可視化」

これまで多くの取引は、価格交渉のプロセスが不透明な「ブラックボックス」の中で行われてきた。特に、元請けから下請けへの発注においては、コスト構造が曖昧なまま、過去の実績や力関係だけで価格が決定されることが少なくなかった太陽光・蓄電池業界では「ブラックボックス設計問題」として、技術的透明性の欠如が構造的なボトルネックとして指摘されている 29

しかし、改正法はこれを許さない。コスト上昇を理由とした価格交渉の申し入れがあった場合、委託事業者は協議に応じ、その価格決定の根拠を合理的に説明する義務を負う 2。これは、委託事業者自身が自社のコスト構造を正確に把握し、それを言語化・データ化できなければ、法的な義務を果たせないことを意味する。

この義務を果たすためには、委託事業者は自らのサプライヤー、すなわち二次、三次の下請け事業者に対しても、コストに関する透明な情報を求めることになるだろう。こうして、法の要請がサプライチェーンを遡って伝播し、これまで不透明だった各階層のコスト構造が、ドミノ倒しのように可視化されていく。これは、ESG経営で求められるサプライチェーン・マッピング(取引関係の地図化)の流れとも完全に一致しており 30企業は意図せずして、自社の取引網全体の透明化を迫られることになるのだ。

2.2. インパクト②:価格決定プロセスの根本的変革

サプライチェーンの可視化は、必然的に価格決定プロセスの変革をもたらす。「言い値」や「指値」といった、一方的な価格決定の時代は終わりを告げる。今後の価格交渉の主役は、客観的な「データ」と「エビデンス」になる

例えば、下請けの施工会社が元請けのEPC事業者に対して労務費の値上げを要求する場合、その根拠として国土交通省が毎年度改定している「公共工事設計労務単価」の上昇率や 5、政府が発表する春季労使交渉の妥結状況などを提示することになる。また、部材費の値上げであれば、建設物価調査会などが公表する「建設資材価格指数」の推移が有力な交渉材料となるだろう 7

元請け事業者は、こうした客観的なデータに基づいた要求に対して、単に「うちは無理だ」と突っぱねることはできない。もし要求を拒否するのであれば、なぜそのデータが自社の取引に当てはまらないのか、あるいは自社がそれを吸収できる、もしくは別の形で補填できるだけの合理的な理由を提示する必要がある。これにより、交渉の力学は、単なる「力(パワー)」のぶつかり合いから、「論理(ロジック)」と「正当性(ジャスティフィケーション)」の対話へと根本的にシフトする。

2.3. インパクト③:コンプライアンスリスクと経営者責任の増大

改正法への違反は、もはや「事業を円滑に進めるための必要悪」や「バレなければ問題ない」といったレベルの話ではなくなる。違反が発覚した場合の経営リスクは、格段に増大する。

考えられるリスクは多岐にわたる。まずは、公正取引委員会や事業所管省庁からの「勧告」や「命令」といった行政処分32。特に悪質なケースでは、企業名が公表される可能性もあり、これは企業の社会的信用を著しく毀損する。ESG(環境・社会・ガバナンス)を重視する大口の顧客や金融機関から取引を敬遠される「レピュテーションリスク」は計り知れない

さらに、下請け事業者から損害賠償請求訴訟を起こされるリスクも高まる 32。改正法は、下請け事業者が声を上げやすい環境を整備しており、泣き寝入りするケースは減少するだろう。福島県のメガソーラー建設現場で起きたような、下請けへの工事費未払いトラブルは、今後、より厳しい法的追及を受けることになる 33

これらのリスクは、もはや現場の調達担当者レベルで管理できるものではない。サプライチェーンにおける公正な取引の確保は、企業の存続を左右しかねない重要な「ガバナンス」の問題であり、取締役会レベルでの監督とコミットメントが求められる経営課題へと昇格するのである。

2.4. インパクト④:業界の二極化の加速

この法改正は、業界全体に強力な「フィルター」として機能するだろう。企業は、この新しいルールに適応できる「適者」と、適応できない「不適者」へと明確に二極化していく。

適者(勝ち組)の条件:

  • 透明性の受容: コスト構造をオープンにし、データに基づいた対話ができる。

  • DXへの投資: 正確な原価計算やプロジェクト管理を可能にするデジタルツールを導入し、生産性を向上させる 34

  • パートナーシップの構築: 下請けを単なるコスト削減の対象ではなく、共に価値を創造するパートナーとして捉え、長期的な関係を築く 35

不適者(負け組)の条件:

  • 不透明性の固守: 旧来のブラックボックス的な取引や、高圧的な交渉スタイルに固執する。

  • DXの遅れ: 紙とExcelベースのどんぶり勘定から脱却できず、価格交渉の場で合理的な説明ができない。

  • 搾取的な関係: 短期的な利益のために下請けを犠牲にし、持続的な協力関係を築けない。

結果として、適者には優秀な下請け事業者が集まり、品質と生産性の向上という好循環が生まれる。一方で、不適者は信頼できるパートナーを失い、法的リスクに晒され、ESGを重視する市場から敬遠され、徐々に淘汰されていくだろう。この法改正は、業界内の新陳代謝を促し、より質の高いプロフェッショナルな企業群への緩やかな集約を加速させることになる。

2.5. インパクト⑤:国産再エネサプライチェーン再構築の号砲

一見すると国内の取引ルールであるこの法律が、実は日本のエネルギー安全保障や国際競争力という、より大きな文脈と深く結びついている点を見過ごしてはならない。改正法は、政府が推進する経済安全保障政策と連動し、脆弱な海外依存からの脱却と、国内サプライチェーン再構築を間接的に後押しする号砲となり得る。

そのロジックはこうだ。

  1. 現状の課題: 日本の太陽光・蓄電池産業は、中国への極端なサプライチェーン依存という構造的脆弱性を抱えている 9。これは、米国のUFLPAのような規制による供給途絶リスクだけでなく、中国からの「デフレ輸出」による国内製造業の疲弊という問題も引き起こしている 9

  2. 政府の意思: 政府は経済安全保障推進法などを通じて、蓄電池のような特定重要物資の国内製造基盤強化やサプライチェーン強靭化を国家戦略として掲げている 38

  3. 改正法の役割: 取引適正化法は、国内のすべてのプレイヤーに「透明で公正な価格形成」を義務付ける。これにより、元請事業者は、単に最も安いという理由だけで、コスト構造が不透明な輸入品を採用することが難しくなる。なぜなら、将来的な価格交渉の場で、その価格の妥当性を自ら説明できなくなるからだ。

  4. 競争条件の変化: 国内や「フレンド・ショアリング(信頼できる同盟国・友好国からの調達)」によるサプライヤーは、一見すると価格が高いかもしれない。しかし、彼らは改正法が求める透明なコストデータを提供できる。その結果、競争の尺度が「単純な価格」から、「コンプライアンス適合性を含んだ価格(Compliance-Adjusted Cost)」へとシフトする

  5. 結論: つまり、この法律は、安価だが不透明でリスクの高いサプライチェーンに対する、透明で公正だが一見コスト高なサプライチェーンの競争条件を、わずかに改善する効果を持つ。これは、付加価値の高い国内製造業や、信頼できるパートナーとの連携を重視する企業にとって追い風となり、長期的な視点での国内サプライチェーン再構築に向けた重要な一歩となるのである。

第3章:事業リスクの再定義と新たな事業機会の特定

取引適正化法は、業界の競争ルールそのものを書き換える。これは、既存の事業モデルに潜むリスクを再定義すると同時に、新たな価値創造の機会を開くことを意味する。マイケル・ポーターのファイブフォース分析を応用し、この新しい競争環境を解き明かすことで、企業がとるべき戦略の輪郭が浮かび上がってくる。

3.1. ファイブフォース分析で読み解く新たな競争環境

ファイブフォース分析は、業界の収益性を決定する5つの競争要因を分析するフレームワークである 40。改正法がこの5つの力にどのような影響を与えるかを見ていこう。

  • ① 売り手の交渉力(サプライヤーの力): 【脅威:大幅に増大】

    これが最も劇的に変化する要因だ。これまで弱い立場に置かれがちだった下請け事業者や部材サプライヤーは、改正法によって「価格協議を申し入れる権利」と「合理的な説明を求める権利」という強力な武器を手にする 2。これにより、サプライヤー全体の交渉力は飛躍的に高まる。元請けは、もはや価格決定の主導権を一方的に握ることはできない。

  • ② 買い手の交渉力(顧客の力): 【脅威:低下】

    ここでいう「買い手」とは、元請け事業者や、最終的には施主(エンドユーザー)を指す。元請けは、サプライヤーに対して無制限の価格交渉力を行使できなくなるため、その力は相対的に低下する 42。また、業界全体で適正な価格転嫁が進めば、施主側も単純な価格比較だけで業者を選ぶことが難しくなり、品質や信頼性といった非価格要素の重要性が増す

  • ③ 業界内の競争(競合の脅威): 【脅威の性質:変化】

    競争がなくなるわけではない。むしろ、その「質」が大きく変化する。これまでの過当な「価格競争」は一定の抑制がかかる 42。その代わりに、以下の要素をめぐる競争が激化する。

    • コンプライアンス遵守能力: 法を遵守し、クリーンな取引ができるか。

    • サプライチェーン管理能力: 安定した品質と納期を実現できる、強固なパートナーシップを築けているか。

    • プロジェクト管理能力(生産性): DXなどを活用し、コスト上昇分を吸収できるだけの効率的な現場運営ができるか。

    • 透明性と信頼性: 顧客やパートナーに対して、誠実で透明なコミュニケーションが取れるか。

  • ④ 新規参入の脅威: 【脅威:やや低下】

    建設業界はもともと設備投資などで参入障壁が高いが 42、改正法は新たな障壁を追加する。それは「コンプライアンス体制の構築コスト」である。契約書の整備、法務人材の確保、取引管理システムの導入など、高度な管理体制が求められるため、安易な考えで参入しようとする小規模・未熟な事業者の参入は、これまでより困難になるだろう。

  • ⑤ 代替品の脅威: 【脅威:微増の可能性】

    法律自体が代替品(例えば、太陽光以外の自家発電設備や、電力会社からの電力購入)の脅威を直接高めるわけではない。しかし、もし業界全体がコスト上昇分を生産性向上で吸収できず、単純な価格転嫁に終始した場合、太陽光・蓄電池システムの相対的な経済的魅力が低下し、他のエネルギーソリューションが代替品として浮上するリスクはわずかに高まる可能性がある 42。

3.2. 事業機会:「コスト」から「価値」へ 〜ESG経営による競争優位の確立

多くの企業が改正法を「コスト増要因」としてネガティブに捉えるかもしれない。しかし、視点を変えれば、これは他社との差別化を図り、新たな企業価値を創造する絶好の機会である。その鍵を握るのが「ESG経営」の実践だ。

改正法が求める「公正な取引」は、ESGの「S(社会)」と「G(ガバナンス)」の中核をなす要素である。この法律を遵守し、さらに一歩進んでサプライチェーン全体で人権や労働環境に配慮した取り組みを推進することは、それ自体が強力なESG活動となる 31

このような企業は、以下のような具体的なメリットを享受できる。

  • 資金調達の有利化: ESGを重視する投資家や金融機関からの評価が高まり、投融資を受けやすくなる 45

  • 優良顧客の獲得: サプライチェーン全体でのESG対応を取引先に求める大企業(特にCSDDDの対象となるグローバル企業)にとって、法令遵守と透明性を証明できる企業は、魅力的で信頼できるパートナーとなる 46

  • 人材獲得競争での優位: 企業の倫理観や労働環境を重視する優秀な人材にとって、公正な取引を実践する企業は魅力的な職場と映り、採用力や従業員エンゲージメントの向上につながる 45

つまり、コンプライアンス対応は、もはや守りの「コスト」ではなく、ブランドイメージ、資金調達力、人材獲得力を高める攻めの「投資」へと転換するのである。

3.3. 地味だが実効性のある武器:DXによる生産性向上と交渉力強化

改正法がもたらすコスト上昇圧力に対する、最も確実かつ効果的な対抗策は、デジタル技術を活用した「生産性の向上」である。建設DX(デジタルトランスフォーメーション)は、もはや一部の先進的な大企業だけのものではなく、すべての事業者が生き残るための必須科目となる。

その理由は二重にある。

第一に、DXは直接的にコストを削減し、収益性を改善する。

  • BIM/CIMの活用: 設計段階から3Dモデルを導入することで、手戻りや施工ミスを減らし、関係者間の合意形成を迅速化する 34

  • IoTとAIの活用: 建設機械の稼働状況をリアルタイムで管理して効率を最大化したり 47、ドローンやAIカメラで現場の進捗管理や安全確認を自動化したりすることで、人的リソースを最適化できる 48

  • プロジェクト管理ツールの導入: クラウドベースのツールで情報共有を円滑にし、現場と事務所間の無駄な移動や待ち時間を削減する 50

第二に、DXは価格交渉における「交渉力」そのものを強化する。

改正法下での交渉では、客観的なデータがすべてである。DXツールを導入する過程で、プロジェクトごとの正確な労務時間、資材使用量、進捗状況といったデータが自動的に蓄積される。これらの精密な内部データと、公的な労務単価や資材価格指数といった外部データを組み合わせることで、説得力のある価格交渉資料を作成できる。

つまり、DXは「コストを削減する」と同時に「価格を適正化するための論理武装を固める」という、一石二鳥の効果をもたらす。法改正によるコスト増という「向かい風」を、DXによる生産性向上という「追い風」で相殺し、さらに前進するための戦略的投資なのである。

3.4. ポストFIT時代の新たな収益源:公正な取引が育む新ビジネスモデル

固定価格買取制度(FIT)が順次終了し、業界が「ポストFIT」時代へと移行する中、新たな収益モデルの確立が急務となっている。搾取的な取引慣行が蔓延し、サプライチェーンの末端が疲弊している状況では、新しいビジネスモデルへの挑戦やイノベーションは生まれにくい。しかし、取引適正化法によって公正な利益配分がなされ、サプライチェーン全体が健全化すれば、新たなビジネスモデルへの投資余力が生まれ、その普及が加速する可能性がある。

  • VPP/ERAB(エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス): 家庭用蓄電池やEVなどの分散型エネルギーリソース(DER)を束ねて、あたかも一つの発電所のように制御するVPP事業は、信頼できる地域の施工・メンテナンスパートナーの広範なネットワークが不可欠である。公正なパートナーシップは、アグリゲーターが事業をスケールさせるための基盤となる 52

  • P2P(ピアツーピア)電力取引: ブロックチェーン技術などを活用し、再エネを持つ個人(プロシューマー)間で直接電力を取引するモデルも、多数の信頼できる参加者と、彼らをサポートする設置・保守事業者の存在が前提となる 54

  • 太陽光パネルリサイクル事業: 2030年代に大量廃棄が見込まれる使用済みパネルのリサイクルは、巨大な潜在市場である 57。効率的な回収、評価、再資源化のバリューチェーンを構築するには、全国の解体業者や運送業者との公正で安定した協力関係が鍵を握る。これは、サーキュラーエコノミーを実現し、新たな価値を創造するビジネスチャンスである 58

公正な取引環境は、単に既存の事業を守るだけでなく、こうした未来の成長市場への扉を開く土壌を育むのである。

第4章:今すぐ着手すべき対策とアクションプラン

2026年1月の施行まで時間は限られている。座して待つのではなく、今すぐ行動を起こすことが企業の明暗を分ける。以下に、事業者が取り組むべき対策を、「守り」「攻め」「成長」の3つのフェーズに分けた具体的なアクションプランとして提示する。

フェーズ 期間 主要目的 具体的なアクション
フェーズ1:守りのコンプライアンス体制構築 即時~2025年末 法的リスクの完全な排除 1. 取引の棚卸しと法適用関係のマッピング 2. 契約書の一斉レビューと改訂 3. 社内プロセスの再設計 4. 全社的な教育・研修の実施
フェーズ2:攻めの交渉戦略とパートナーシップ構築 2026年~ 適正な利益の確保と強固なサプライチェーンの構築 1. ゲーム理論を応用した交渉マインドの転換 2. データに基づく交渉術の実践 3. 真のパートナーシップ契約の締結
フェーズ3:持続的成長に向けたビジネスモデル変革 2027年~ 新たな競争優位性の確立と高付加価値市場への展開 1. DX投資の本格化と生産性革命 2. ESG経営の本格展開とブランド価値向上 3. 新規事業(VPP、リサイクル等)への戦略的投資

4.1. フェーズ1:守りのコンプライアンス体制構築(即時~2025年末)

このフェーズの目的は、施行日までに法的な要求事項を完全に満たし、コンプライアンス違反のリスクをゼロにすることである。

  • 1. 取引の棚卸しとマッピング:

    まず、自社が行っているすべての取引をリストアップし、一つひとつについて「取引適正化法」と「建設業法」のどちらが適用されるかを明確に区分けする(第1章の表を参照)。特に、新たに対象となる可能性のある「従業員数基準」については、取引先の最新の従業員数を把握する必要がある。東京商工リサーチ(TSR)などが提供する企業情報サービスを活用し、取引先の従業員数を確認・管理する体制を整えるべきだ 19。

  • 2. 契約書の一斉レビューと改訂:

    現在使用しているすべての契約書(売買契約、業務委託契約、基本取引契約など)の雛形を、法務担当者または外部の弁護士を交えて見直す 60。特に、以下の条項を盛り込む、または修正することが急務となる。

    • 価格協議条項: コスト変動があった場合に、受託者が協議を申し入れる権利と、委託者が誠実に協議に応じる義務を明記する。

    • 価格スライド条項: 公的な物価指数や労務単価の変動に連動して、契約金額を自動的に調整する「価格スライド条項」の導入を検討する。これは、客観的な基準に基づく価格改定を円滑に行うための有効な仕組みである 61

    • 知的財産権条項: 共同開発などで生じた知的財産やノウハウの帰属を明確にし、公正な対価の支払いを定める 63

  • 3. 社内プロセスの再設計:

    下請け事業者から価格改定の要請があった場合に、社内で誰が、どのように対応するのか、明確なワークフローを構築する。受付窓口、担当部署、決裁権者、協議記録の保管方法などをルール化し、対応の遅れや漏れを防ぐ。

  • 4. 全社的な教育・研修の実施:

    この法律は、法務・調達部門だけの問題ではない。現場のプロジェクトマネージャーや営業担当者こそ、改正法の趣旨と禁止行為を深く理解する必要がある。彼らが交渉の最前線に立つからだ。「これくらいなら大丈夫だろう」という安易な判断が、会社全体を危機に陥れる可能性があることを、全社員が認識しなければならない。

4.2. フェーズ2:攻めの交渉戦略とパートナーシップ構築(2026年~)

コンプライアンス体制という「守り」を固めた上で、次は適正な利益を確保し、競争力を高めるための「攻め」のフェーズに移行する。

  • 1. ゲーム理論の応用:「囚人のジレンマ」からの脱却:

    業界に蔓延してきた過度な価格競争や下請けへの圧力は、経済学の「囚人のジレンマ」というモデルで説明できる 65。これは、各プレイヤーが個々の利益を最大化しようとすると(相手を裏切る)、結果として全員が協力した場合よりも悪い結果に陥ってしまう状況を指す。値下げ競争が典型例だ。A社が値下げをすれば、B社も追随せざるを得ず、結果的に両社とも利益が減少する 65。

    これまでの業界の取引は、一回限りのゲームのように捉えられ、目先の利益のために相手を「裏切る(=コストを転嫁する)」ことが合理的に見えた。しかし、取引適正化法は、このゲームのルールを根本的に変える。違反行為には罰則が科され(裏切りへの罰)、公正な取引は企業の評判を高める(協力への報酬)。そして、取引は継続的な「繰り返しゲーム」となる 65

    繰り返しゲームにおいては、目先の裏切りは将来の報復を招き、長期的には損をする。したがって、相手と「協力」し、相互の利益を尊重することが、最も合理的な戦略となる 68。経営者は、この構造変化を理解し、ゼロサム(奪い合い)の交渉から、Win-Win(価値の共創)を目指す「統合型交渉」へと、マインドセットを転換する必要がある 69

  • 2. データに基づく交渉術の実践:

    新しい交渉の舞台では、感情論や力関係ではなく、データが物を言う。自社の要求を正当化し、相手の要求を評価するための「交渉の武器」を磨かなければならない。

    • エビデンスの準備: 自社の原価計算を徹底し、製品・サービスごとのコスト構造を正確に把握する 70。その上で、労務費、資材費、エネルギーコストなどの変動を示す客観的な外部データ(公的統計、業界レポート等)を体系的に収集・整理する。

    • 説得力のある見積書の作成: 「出精値引き」のような曖昧な表現ではなく、各項目のコストを積み上げた、透明性の高い見積書を作成する 72。なぜその価格になるのか、その価値は何かを明確に伝えることで、価格設定の合理性を示す 72

    • 能動的なコミュニケーション: 問題が発生してから交渉するのではなく、コスト変動の兆候が見られた段階で、早期にパートナーと情報共有を行う。定期的なコミュニケーションは、信頼関係を醸成し、いざという時の交渉を円滑にする 71

  • 3. 真のパートナーシップ契約の締結:

    単なる発注書や基本取引契約書を超えて、主要なパートナーとはより強固な関係を築くべきだ。共同開発や長期的な協力が見込まれる相手とは、「業務提携契約」や「ジョイントベンチャー契約」といった、より踏み込んだ契約形態を検討する 75。これらの契約では、リスクと利益の分担、共同で生み出した知的財産の取り扱いなどを明確に定めることで、単なる取引相手から「運命共同体」へと関係性を深化させることができる 64。

4.3. フェーズ3:持続的成長に向けたビジネスモデル変革(2027年~)

サプライチェーンを安定させ、公正な取引慣行を定着させた企業は、いよいよ高付加価値なビジネスモデルへの変革に乗り出す。

このフェーズでは、第3章で述べたような、DX投資の本格化による圧倒的な生産性の実現、ESG経営の推進によるブランド価値の確立、そしてVPPやリサイクルといった新規事業への戦略的投資を加速させる。

健全化されたサプライチェーンは、これらの新しい挑戦を支える強固な基盤となる。公正な取引を通じて築かれたパートナーとの信頼関係は、新しいビジネスを共に創造していく上での最大の資産となるだろう。この段階に至って初めて、企業は法改正を真の成長エンジンへと転換させることができるのである。

第5章【ありそうでなかった解決策】:業界標準「公正取引プラットフォーム」の提言

これまでの対策は、各企業が個別に取り組むべきものであった。しかし、太陽光・蓄電池業界が抱える問題の根は深く、個社の努力だけでは限界がある。業界全体の取引慣行を抜本的に変革し、すべての参加者が公正かつ効率的に事業を行えるようにするためには、より大きな仕組み、すなわち「業界標準のデジタルプラットフォーム」が必要である。ここでは、その構想を具体的に提言する。

5.1. 根源的課題への挑戦:「情報の非対称性」と「取引コスト」の撲滅

業界に蔓延る紛争、不透明性、非効率の根源を経済学的に分析すると、2つの課題に行き着く。

  1. 情報の非対称性(Information Asymmetry): 取引の一方の当事者が、他方よりも多くの、あるいは質の高い情報を持っている状態。例えば、元請けは市場全体の価格動向を知っているが、下請けは自社のコストしか知らない、といった状況がこれにあたる。これが、不公正な価格決定の温床となる 29

  2. 取引コスト(Transaction Cost): 契約の相手方を探し、交渉し、契約を締結・履行・監視するためにかかるコストの総称 77信頼できるパートナーを探す手間、度重なる価格交渉、契約不履行のリスクなどが含まれる。このコストが高いと、経済活動全体が非効率になる。

これらの根源的な課題を、テクノロジーの力で解決するのが、本提言の「公正取引プラットフォーム」である。

5.2. アーキテクチャ構想:ブロックチェーンが実現する「改ざん不可能な信頼」

このプラットフォームの技術的な中核として、特定の企業が中央集権的に管理するのではなく、業界の主要な参加者が共同で管理・運営する「コンソーシアム型ブロックチェーン」の採用を提案する 78。ブロックチェーンは、その「非中央集権性」と「改ざん不可能性」という特性により、取引の透明性と信頼性を劇的に向上させることができる 80

プラットフォームの主要コンポーネント:

  • 分散型台帳(Decentralized Ledger): デベロッパー、元請け、下請け、部材メーカー、運送会社、金融機関など、すべての参加者が、取引記録が書き込まれた同一の台帳を共有する 78。誰か一人がデータを不正に書き換えることは不可能であり、取引の透明性が担保される。

  • スマートコントラクト(Smart Contracts): 契約条件や法令遵守のルールをプログラムとして組み込み、条件が満たされた場合に自動的に実行する仕組み。例えば、「公共工事設計労務単価が5%上昇したら、自動的に契約金額の見直し協議を開始する」「必要な許認可書類がアップロードされるまで、代金の支払いを保留する」といったルールを自動執行させ、コンプライアンスを徹底する。

  • トレーサビリティ(Traceability): 太陽光パネル1枚1枚、蓄電池1台1台に固有のデジタルIDを付与し、製造から輸送、設置、保守、そして最終的なリサイクルに至るまでの全ライフサイクルを追跡可能にする 82。これにより、品質管理、盗難防止、リコール対応が容易になるだけでなく、UFLPAのような人権デューデリジェンス規制への対応(=新疆ウイグル自治区産でないことの証明)も可能となる。

5.3. プラットフォームの機能とマネタイズモデル

このプラットフォームは、業界のインフラとして以下の機能を提供する。

  • 標準化された契約テンプレート群: 改正法に準拠した、各種取引(売買、工事請負、業務委託等)の契約書雛形を提供。

  • コンプライアンス自動チェック機能: 取引相手の資本金や従業員数に基づき、取引適正化法の適用対象かを自動判定。

  • 透明な価格・コスト履歴: 過去の取引価格や、公的な物価・労務費指数のデータを参照可能にし、公正な価格交渉を支援。

  • サプライヤー認証・評価システム: 建設業許可、各種保険の加入状況、過去の取引評価などを可視化し、信頼できるパートナー選定を支援。

  • プロジェクト進捗管理と決済連携: 工事の進捗状況をリアルタイムで共有し、マイルストーン達成に応じて自動的に支払いが行われる仕組みを構築。

マネタイズモデル(収益モデル):

プラットフォームの持続的な運営のため、以下のような複数の収益モデルが考えられる 84。

  • 手数料モデル: プラットフォーム上で成立した取引額の一定割合(例:0.5%)を手数料として徴収する(メルカリ方式) 86

  • サブスクリプション(SaaS)モデル: 利用企業から月額または年額の利用料を徴収する(Salesforce方式) 86

  • フリーミアムモデル: 基本的な取引機能は無料で提供し、高度なデータ分析やESGレポーティング機能などを有料オプションとして提供する(Slack方式) 86

5.4. 実現へのロードマップ:官民連携(PPP)による業界インフラ構築

これほど大規模で、業界の根幹に関わるプラットフォームを、一民間企業が単独で構築・運営することは現実的ではない。特定の企業に情報が集中することへの懸念や、競合他社が参加をためらう「鶏と卵の問題」(利用者が集まらなければ価値がなく、価値がなければ利用者が集まらない)に直面するためだ 88

この課題を乗り越えるための鍵は、「官民連携(Public-Private Partnership, PPP)」である 90

  1. ガバナンス体制の構築: 経済産業省や国土交通省などの監督官庁、太陽光発電協会(JPEA)などの業界団体、そして主要な民間企業が共同で、中立的な運営組織(例:一般社団法人)を設立する。この組織がプラットフォームのルール策定やガバナンスを担う 79

  2. 初期投資と普及促進: 政府が初期開発費用の一部を補助金などで支援し、公共事業や補助金事業でのプラットフォーム利用を推奨・義務化することで、初期の利用者を確保し、ネットワーク効果を創出する 92

  3. 段階的な展開: まずは太陽光・蓄電池業界に特化したプラットフォームとして立ち上げ、成功モデルを確立した後、他の建設分野やエネルギー関連産業へと展開していく。

このような官民連携によるアプローチは、不動産業界の「レインズ(REINS)」や医療情報連携基盤の事例にも通じるものがあるが、レインズが抱える硬直性といった課題を教訓とし 94よりオープンで柔軟なガバナンスモデルを設計することが成功の鍵となる。このプラットフォームは、単なる業務効率化ツールではない。それは、日本の再生可能エネルギー産業の透明性、公正性、そして国際競争力を飛躍的に高めるための、国家レベルの「デジタル社会基盤」なのである。

第6章:Q&A – 経営者のための「改正下請法」一問一答

法改正に関して、経営者が抱くであろう具体的な疑問について、一問一答形式で解説する。

  • Q1: うちは従業員10人の小さな工事会社です。本当にこの法律は関係ありますか?

    A1: はい、大いに関係があります。今回の改正で重要なのは、自社が「委託する側(親事業者)」になるかだけでなく、「受託する側(下請事業者)」になるかです。貴社が小規模事業者であっても、より規模の大きな元請け会社(例えば、従業員300人超のEPC事業者や、資本金1,000万円超の販売会社)から仕事を受ける場合、貴社は改正法によって保護される「受託事業者」の立場になります。これにより、不当な買いたたきや一方的な減額、協議なき価格据え置きなどに対して、法的な対抗手段を持つことができます。コストが上昇した際には、元請けに対して堂々と価格交渉を申し入れる権利が保障されるのです。この法律は、小規模な事業者にとってこそ、自社の利益と権利を守るための重要な盾となります。

  • Q2: 価格交渉の協議記録は、具体的に何をどこまで残せばよいのですか?

    A2: 法律で厳密なフォーマットが定められているわけではありませんが、万が一、後の調査や紛争に備えるためには、以下の点を網羅した記録を残すことが強く推奨されます 74

    • 協議の日時、場所、出席者(会社名、部署、氏名)

    • 協議の議題(例:「〇〇工事に関する労務費上昇に伴う請負代金改定の件」)

    • 受託者(下請け)からの要求内容(要求金額、その算定根拠として提示された資料など)

    • 委託者(元請け)の回答(要求を受け入れるか、一部受け入れるか、拒否するか。拒否する場合はその合理的理由)

    • 協議の結果、合意した内容(または合意に至らなかった旨)

      これらの内容を議事録としてまとめ、双方で確認・署名(または電子署名)しておくことが最も確実です。メールでのやり取りも重要な記録となりますので、体系的に保存しておく必要があります。

  • Q3: 元請として、下請けからの値上げ要求を断ることは一切できなくなるのですか?

    A3: いいえ、要求を断ること自体が禁止されるわけではありません。禁止されるのは、「正当な理由なく協議に応じないこと」や「合理的な根拠を示さずに一方的に拒否すること」です 2。例えば、下請けから提示された値上げの根拠が客観的なデータ(公的指数など)と著しく乖離している場合や、元請け側が既に別の形でコスト負担を軽減する措置(例えば、資材の無償提供など)を講じている場合など、合理的な理由があれば、要求を断る、あるいは減額した形での合意を目指す交渉は可能です。重要なのは、交渉のテーブルにつき、自社の主張をデータや事実に基づいて誠実に説明する「プロセス」です。

  • Q4: この法律でコストが上がると、最終的に施主(消費者)への価格転嫁は避けられないのでは?その場合、どう説明すればよいですか?

    A4: 適正な価格転嫁が進めば、最終的なシステム価格が上昇する可能性は十分にあります。その際、施主への説明で重要なのは、「なぜ価格が上がるのか」を透明性をもって丁寧に説明することです。

    • 外部要因の説明: まず、近年の世界的な原材料費の高騰、国内の深刻な人手不足に伴う労務費の上昇、そして再エネ賦課金の上昇といった、自社の努力だけでは吸収しきれないマクロなコスト増要因を客観的なデータと共に説明します 95

    • 品質と持続可能性の訴求: 次に、今回の価格改定が、単なる値上げではなく、「高品質な工事を安全に実施し、20年以上にわたる長期的な発電事業を支えるための、持続可能な体制を維持するために不可欠なものである」ことを強調します。安すぎる価格は、手抜き工事や安全管理の不徹底、ひいては将来のメンテナンス体制の崩壊につながるリスクがあることを伝えます。

    • 価値の提示: kW単価 97 だけでなく、自家消費率 98 や長期的な経済メリット(電気代削減効果)をシミュレーションで示し、価格に見合う、あるいはそれ以上の「価値」を提供できることを具体的にアピールすることが重要です。

  • Q5: 運送会社や設計事務所との取引も対象になりますか?

    A5: はい、対象になります。改正法は「建設工事」に限定されません。機器や部材の「運送委託」、発電所の「設計委託」などは、いずれも「役務提供委託」に該当します 2。したがって、貴社と運送会社・設計事務所との間で、資本金または従業員数の基準を満たす場合(例えば、貴社が従業員100人超で、相手が個人事業主や小規模企業の場合)、これらの取引は取引適正化法の適用対象となります。契約内容の明示、代金の支払期日、不当なやり直し要求の禁止といった義務を遵守する必要があります。

【結論】と【ファクトチェック・サマリー】

結論:成熟への必須課題(A Mandate for Maturity)

2026年1月に施行される改正下請法、すなわち「中小受託取引適正化法」は、日本の再生可能エネルギー業界、とりわけ太陽光・蓄電池分野に対する強力な「強制関数(Forcing Function)」として機能する。それは、業界全体に対して、旧来の不透明で脆弱な取引慣行から脱却し、透明性、強靭性、そして真のパートナーシップに基づく、より「成熟した」ビジネスモデルへの移行を法的に強制するものである。

この変革は、短期的にはコスト上昇やコンプライアンス負担の増大という痛みを伴うかもしれない。しかし、その先には、より健全で持続可能な産業生態系が待っている。データに基づいた公正な価格形成は、サプライチェーン全体の収益性を改善し、それがひいては技術革新や人材育成、そしてVPPやリサイクルといった次世代ビジネスへの投資原資となる。

この構造変化の波に乗り遅れた企業は、法的なリスクと市場からの信用の失墜という二重の圧力によって、その存続自体が危うくなるだろう。一方で、この変化を好機と捉え、いち早くコンプライアンス体制を構築し、DXによる生産性向上を成し遂げ、パートナーとの共存共栄を経営の核に据えた企業は、新たな時代の勝者となる。彼らは、公正な取引慣行そのものを競争力の源泉とし、ESGを重視する顧客や投資家から選ばれる存在となるだろう。

取引適正化法は、単なる法律ではない。それは、日本の再生可能エネルギー産業が、国内のエネルギー転換と脱炭素化を真に牽引するに足る、成熟した産業へと進化するための、避けては通れない必須課題なのである。

ファクトチェック・サマリー

本レポートで提示された主要な事実情報の要約は以下の通りです。

  • 法律名称・施行時期: 改正後の法律の通称は「中小受託取引適正化法」。施行は2026年1月1日を予定 1

  • 適用対象の拡大: 従来の資本金基準に加え、新たに「従業員数」による基準が追加される。製造委託等では従業員300人超、役務提供委託等では従業員100人超の事業者が対象となる可能性がある 2

  • 新たな禁止行為: 受託事業者からのコスト増を理由とした価格協議の求めに対し、正当な理由なく協議を拒否することや、協議において十分な説明を行わないことが禁止される 2

  • 労務費の動向: 公共工事の積算に用いられる「公共工事設計労務単価」は、令和7年(2025年)3月適用単価において、全国全職種加重平均値で前年比6.0%上昇し、13年連続の引き上げとなった 6

  • 資材価格の動向: 建設資材価格指数は、2021年以降急激な上昇を見せ、その後も高止まりの傾向が続いている 3

  • サプライチェーンの現状: 太陽光パネルのサプライチェーンは、ポリシリコン、ウエハ、セル、モジュールの全ての主要工程において、中国が世界の80%以上のシェアを占めている 9

  • 国際的な規制動向: 米国では「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」が施行されており、新疆ウイグル自治区関連製品の輸入が厳しく制限されている 11。EUでは「企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)」が発効し、2027年以降、対象企業にサプライチェーン全体での人権・環境デューデリジェンスが義務付けられる 13

  • 建設業法との関係: 太陽光発電設備の設置工事など「建設工事」にあたる部分の請負契約には建設業法が適用されるが、パネル等の「物品購入」や設計・運送等の「役務提供」には改正下請法(取引適正化法)が適用される 22

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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