核融合スタートアップ最前線 53社が描く「無限クリーン電力」への多様な技術アプローチ

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

エネがえるキャラクター
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核融合スタートアップ最前線 53社が描く「無限クリーン電力」への多様な技術アプローチ

はじめに:核融合エネルギーの夢と現実



「常にあと30年先の技術」と揶揄されてきた核融合発電。しかし今、その長年の夢が現実に近づきつつあります。核融合とは、軽い原子核どうしを結合させて莫大なエネルギーを取り出す反応で、太陽が輝き水素爆弾が破壊的威力を発揮する根源です。核分裂による原子力発電とは逆に、核融合反応では重く危険な放射性廃棄物がほとんど生じず、燃料は海水中の重水素などほぼ無尽蔵に存在します。

そのため核融合は「究極のクリーンエネルギー」として半世紀以上も期待されてきました。

とはいえ、人類が太陽のような重力圧力を人工的に再現することは容易ではありません。水素爆弾のように一瞬の爆発で核融合を起こすことはできても、それを発電に利用するには反応を安定的かつ安全に制御し続ける必要があります。この困難さゆえに、核融合は1970年代から「実用化まであと数十年」と言われ続けてきた歴史があります。科学者や技術者は70年以上にわたり核融合エネルギーを手懐けようと挑戦を続け、各国の大型研究炉(日本のJT-60、欧州のJET、国際プロジェクトITERなど)でプラズマ閉じ込め実験を重ねてきましたが、未だ発電所レベルでの「点火(イグニッション)」には至っていません。

しかし近年、この状況に転機が訪れています。2022年12月、アメリカの国家点火施設(NIF)では世界で初めて核融合反応から得たエネルギーが投入エネルギーを上回る「燃焼」を達成し、大きなブレークスルーとなりました【1】。また欧州のJETでは同年2月に核融合エネルギーの過去最高出力(59メガジュール)を記録し【2】、超伝導磁石技術の進歩により強力な磁場でプラズマを閉じ込める道も開けつつあります。こうした科学的成果に加え、気候変動対策の緊急性と技術革新への投資熱が追い風となり、核融合分野にこれまでにない規模の民間資金とスタートアップ企業が参入してきました。

かつて国策研究の領域だった核融合開発はいま、民間主導の競争時代に突入しつつあります。

民間主導への転換:スタートアップの台頭

核融合開発の潮流はここ数年で大きく様変わりしました。かつて核融合は国家主導の大型研究炉プロジェクトが中心でしたが、2010年代後半から民間スタートアップ企業が続々と参入し、競争が加速しています。15年前には世界で10社足らずだった核融合関連の民間企業が、現在では少なくとも53社にまで増えています【3】【9】。

そしてそれらスタートアップが集めた資金は急増し、2021年までの累計約20億ドルからわずか数年で5倍の累計約97億ドル(約1兆4千億円)に達しました【3】。特に直近の1年間(2024年7月~2025年7月)だけで26億ドル以上の新規投資が行われており【3】、核融合業界は投資マネーの流入という点でも史上かつてない成長期を迎えています。

この躍進を支えているのは官民双方の資金です。ビル・ゲイツ、ジェフ・ベゾス、サム・アルトマンなどテック業界の億万長者たちが核融合に巨額のベンチャー投資を行い【3】、またシェブロンやシーメンス・エナジーといったエネルギー・産業界の大企業も出資や提携に乗り出しています。実際、核融合スタートアップへの出資母体は従来の専門VC(ベンチャーキャピタル)だけでなく、石油メジャー、製造業大手、政府系ファンドや軍事筋まで非常に多様化しています【3】。

各国政府も無関心ではなく、米英をはじめ日本やドイツ、中国まで公共資金による助成金や官民パートナーシップが活発化しています【3】。米国エネルギー省は2022年から「マイルストーン型開発支援プログラム」で有望な核融合ベンチャー8社に総額数千万ドル規模の助成を開始し、英国政府も民間企業と協調して原型炉開発を進めるため25億ポンド超の投資計画を打ち出しました。日本も2023年に「核融合エネルギー実現に向けたイノベーション戦略」を策定し、官民連携による核融合産業育成に舵を切っています【8】。

要するに、核融合はもはや研究室の夢物語ではなく、巨額の資金と人材が集結する産業として動き始めているのです。「常に30年先」と揶揄されたタイムラインも現実味を帯び、各社とも2030年代の早期に実用化を目指すと明言しています。「核融合スタートアップ」という新興企業群が互いにしのぎを削り、まるで1960年代の宇宙開発競争やIT革命初期のようなイノベーション競争が展開されているのが現在の状況です。

核融合スタートアップ53社:多様な技術アプローチ

現在競い合っている核融合スタートアップ各社は、アプローチの多様性という点でも注目に値します。同じ核融合発電を目指すといっても、その技術コンセプトは大きく分けて以下のようなタイプがあります。

  • 磁気閉じ込め方式(トカマク型・ヘリカル型) – 全53社のうち約25社が採用する最も主流の方式です【3】。強力な磁場で高温プラズマをドーナツ状容器内に閉じ込め、数億度の温度で重水素・三重水素(D-T)燃料を反応させます。典型例はトカマク型炉で、MIT発の米コモンウェルス・フュージョン・システムズ(CFS)や英トカマク・エナジーなどがこの方式を追求しています。トカマクは構造が比較的シンプルで実証実験も豊富ですが、大電流を流すプラズマ電流の制御が難しく、安定運転に課題があります。一方、ヘリカル(ステラレーター)型はプラズマ電流を不要とする複雑なコイル配置で、プラズマの安定性に優れる反面、設計・製造難易度が高い方式です。フランスのルネサンス・フュージョンや米独合同のタイプワン・エナジーがヘリカル型実用炉の開発に挑んでいます。

  • 慣性閉じ込め方式(レーザー核融合)強力なレーザーパルスを極小の燃料ペレットに照射し、その表面を爆発的に蒸発させて反作用で内部を瞬間的に圧縮・加熱し核融合させる手法です。米国のNIFがこの方式で「燃焼」達成を示しましたが、発電応用には毎秒数十回もの高頻度レーザー照射とペレット供給が要求されます。これに挑むスタートアップとして、ドイツのマーベル・フュージョン(レーザー駆動核融合を目指し2027年までの実証を計画)や同じく独のフォーカスド・エナジー(米国研究者と組み旧ビブリス原発跡地で原型炉建設を計画)が挙げられます。また豪州発のHB11エナジーは燃料に重水素ではなくホウ素と水素の反応(p-11B)によるクリーン核融合を掲げ、超短パルスレーザーでの燃焼を狙っています。レーザー方式は瞬間的に高い密度と温度を実現できる一方、連続運転や装置効率の面で工学的挑戦が大きい技術です。

  • 磁場+慣性のハイブリッド方式 磁気的にプラズマを保持しつつ、瞬間的な圧縮を加えて核融合条件を達成しようとするアプローチです。例えばカナダのジェネラル・フュージョンはトカマク状プラズマを液体金属の壁で囲み、ピストンで一気に圧縮する「磁化標的核融合」を開発中です。英国のファーストライト・フュージョンは発射体(弾丸)を利用して燃料標的を高速衝撃圧縮する独自手法で2022年に初の核融合反応を確認し、2030年頃のパイロット炉建設を目指しています。また米国のヘリオン・エナジーはフィールド反転配置(FRC)型プラズマを2方向から加速・衝突させて高エネルギー状態を作り出し、さらにその膨張運動から直接発電するというユニークな方式で、2028年までの商用電力供給を公言しています【4】。同じく米国のTAEテクノロジーズ(旧称トリアルファ)はビーム加熱したFRCプラズマで1億℃超を達成しつつあり、将来は中性子を出さないホウ素燃料での核融合発電を目指す長期ビジョンを掲げています。加えて、プラズマそのものの自己電流と磁場で収縮を起こすZピンチ型(米Zapエナジー社など)や、静電場でイオンを加速集中させる慣性静電閉じ込め型など、幾つものハイブリッド手法が模索されています。

  • その他の新奇アプローチ – 上記以外にも、一部では常識破りの核融合アプローチが検討されています。その一つがミューオン触媒核融合です。ミュー粒子という素粒子を使って常温近くでも水素同士を融合させようという発想で、米スタートアップのアクセラロン・フュージョンなどが低コストのミューオン発生技術に挑戦しています【6】。ミューオン触媒核融合はかつて「低温核融合」とも称され研究された経緯がありますが、実用化にはミュー粒子の生成効率という壁があり、現在はまだ初期研究段階です。

このように技術的多様性は核融合スタートアップ業界の大きな特徴であり、どの方式が商業的成功に至るかは未確定です。それぞれのアプローチに長所と課題があり、企業各社は独自の工夫で物理的・工学的ハードルを乗り越えようとしています。複数の異なる路線で競争と並行開発が進むことで、結果的に核融合実現の確度が高まることが期待されています。

主要スタートアップの動向:競争の行方

では、この熾烈な競争の最前線にいる主な核融合スタートアップ企業とその最新動向を見てみましょう。それぞれアプローチは異なりますが、共通して「2030年代初頭までに実用的な核融合エネルギーを供給する」という大胆な目標を掲げています。

  • コモンウェルス・フュージョン・システムズ(Commonwealth Fusion Systems, CFS) – 2018年にMITの研究から生まれた米国企業で、高温超伝導磁石を用いたコンパクトなトカマク炉を開発しています。CFSは累計20億ドル以上の資金を調達しており、現在マサチューセッツ州で建設中の実証炉SPARCで2025~26年にも核融合エネルギーの「純増(Q>1)」実証を目指しています【10】。その次段階として、出力数百MW規模の商用炉ARCを2030年代初頭に稼働させる計画で、すでに米バージニア州のリッチモンド近郊に建設用地を確保し、電力会社ドミニオン・エナジーと提携しています【10】。CFSは2023年にGoogleと将来のARC炉から200MWの電力供給契約(PPA)を結び、さらにイタリアENI社とも10億ドル規模の長期オフテイク契約を締結するなど、商用展開に向けた準備を加速しています【10】。同社は2021年に世界最強クラス(20テスラ)の超伝導磁石試験に成功しており、この磁場技術により従来大型だったトカマク炉の大幅な小型化が可能になると期待されています。

  • ヘリオン・エナジー(Helion Energy)米ワシントン州発のスタートアップで、フィールド反転配置(FRC)プラズマのパルス加速による核融合に挑んでいます。ヘリオンは従来型のD-Tではなくヘリウム3を用いた核融合反応を目指しており、反応生成物の運動エネルギーを直接電気に変換する独自の発電システムを開発中です。2021年に8千万ドルの投資を獲得し、2023年にはマイクロソフト社と世界初の核融合発電の購入契約(50MW、2028年開始予定)を締結して大きな話題を呼びました【4】。さらに米大手鉄鋼メーカーのニューコアとも500MW規模の融合炉建設で協力すると発表し、2030年までに製鉄所向けにクリーン電力を供給する計画です【5】。ヘリオンは現在7号機プロトタイプ「ポラリス」を建設中で、2024年にも核融合による発電デモンストレーションを行うと公言しています。すでに1億℃のプラズマ温度達成や毎秒10パルス以上の運転実証など、技術面でも成果を上げつつあり、民間企業中では最速での商用化ロードマップを走っています。

  • TAEテクノロジーズ(TAE Technologies)米カリフォルニア州に拠点を置き、1998年創業と業界最古参の民間核融合企業です。TAEは水素とホウ素(p-11B)を燃料とする「無中性子」核融合の実現を究極目標に掲げており、そのため段階的開発を行っています。現在稼働中の装置「Norman」では中性粒子ビームでFRCプラズマを加熱し、約7,500万℃を達成しました。次世代装置「Copernicus」ではD-T反応で1億℃超・Q≧1の実証を目指し、2025~26年の稼働を計画しています。TAEはGoogleや中部電力などから累計13億ドル以上の資金調達に成功しており、将来的にはホウ素燃料での発電炉「Da Vinci」を2030年代前半に建設するシナリオを描いています。ホウ素核融合は技術的ハードルが極めて高いものの、実現すれば放射性廃棄物が出ないクリーン発電となるため、TAEの挑戦にも注目が集まっています。

  • ジェネラル・フュージョン(General Fusion)カナダ・ブリティッシュコロンビア州発の企業で、Amazon創業者ジェフ・ベゾスが主要出資者の一人として知られます。ジェネラル・フュージョンは液体金属によるピストン圧縮を使った独自の核融合炉を開発しており、球状のプラズマ(磁化プラズマトロイダル)を鉛リチウム合金の液体壁で包み込んだ容器を数十本のピストンで一斉に圧縮することで核融合条件を作り出します。現在、英国オックスフォードシャーにあるカラム核融合エネルギーセンターにおいて、同社の大規模実証機(総出力70%スケール程度)の建設が進められており、2025年以降に圧縮技術の完全実証を行う予定です。ジェネラル・フュージョンは累計3億ドル規模の調達を行い、カナダ政府や英国政府とも提携しながらパイロット炉実現を目指しています。ピストン方式は他に類を見ないアプローチですが、機械的可動部が多いぶん工学検証に時間を要しており、まずは2020年代後半のデモプラント稼働が目標となっています。

  • マーベル・フュージョン(Marvel Fusion)ドイツ・ミュンヘン発のスタートアップで、超短パルス高出力レーザーを駆使した慣性閉じ込め型核融合にフォーカスしています。2019年設立と新しい企業ながら、欧州イノベーション委員会からの助成金を含め7,000万ドル超の資金調達に成功し、2027年までにレーザー核融合の技術概念実証を達成する計画です【7】。マーベルは従来の長パルスレーザーではなく最新の超短パルス技術を活用することで、より効率的に燃料ターゲットを圧縮・点火できると主張しています。現在、フランスや米国の研究機関と連携して実験を進めており、将来的には数百台規模の高繰り返しレーザーを備えた商用炉プロトタイプ建設も視野に入れています。ドイツ政府もマーベル・フュージョンのようなレーザー核融合技術に注目しており、2040年までに核融合プラントを稼働させる国家目標の一端を担う可能性があります【7】。

  • フォーカスド・エナジー(Focused Energy) – こちらもレーザー核融合を追求する新興企業で、ドイツと米国の科学者チームによって設立されました。核融合実験用の大型レーザー施設を米コロラド州立大学に新設する計画や、ドイツ政府と協力して旧ビブリス原発跡地での原型炉建設構想を打ち出すなど、国際的なプロジェクト展開を特徴としています。フォーカスド・エナジーは理論上1.5GW級の商用レーザー核融合炉の設計も提示しており、いくつかの要素技術について研究開発ハブを立ち上げています。NIFでの成功以降、レーザー核融合への期待が高まる中、同社はその商用化競争における欧州勢の代表格となっています。

これら主要プレイヤー以外にも、英ファーストライト・フュージョン(衝撃圧縮方式)、英トカマク・エナジー(球状トカマク炉)、米ザップ・エナジー(シア流れ安定化Zピンチ)など注目すべき企業は多数存在します。それぞれが独自の技術開発ロードマップとマイルストーンを掲げ、「誰が最初に核融合エネルギーを商業電力網に送るか」という競争が繰り広げられているのです【9】。

2030年代に迫る商用化タイムライン

核融合スタートアップ各社は、その実現目標時期を「遠い未来」ではなく「2030年代前半」に設定しています。Fusion Industry Associationの調査によれば、回答企業の約8割が2030~2035年の間に商用規模のパイロットプラントを稼働させる計画とされ、うち5社は2030年より前の実用化を掲げています【3】。ほとんどの企業が2030年代には電力網への送電を開始できると予測しており、もはや核融合は「2040年以降の話」ではなく目前の技術開発目標となっています。一部には2040年以降までかかると慎重な見通しを示す企業もありますが、それでも2050年より先に商用炉が登場するのは確実な情勢です。

このタイムラインの前倒しは目覚ましいものです。例えば米CFSは2030年代初頭に世界初の商用核融合発電所ARCを送電開始すると公言し、米ヘリオンも2028年に50MWの融合炉稼働を約束しています。各社のスケジュールに楽観的すぎる面があることは否めませんが、過去数年を見ても大幅な計画遅延は生じておらず、むしろ技術の進展とともに目標が具体性を増しています。まさに2020年代後半から2030年代にかけて、核融合エネルギーが実験室段階からパイロットプラント段階へと移行し、人類が初めて恒常的な「人工の太陽」を手に入れる可能性が現実味を帯びているのです。

核融合実用化への課題

前例のない前進を遂げつつある核融合スタートアップ業界ですが、商用化への道のりには依然として数多くの技術的・経済的ハードルが存在します。主な課題を整理すると以下の通りです。

  • 核融合反応の増幅率向上発電のためには投入エネルギーに対する出力エネルギーの比(Q値)を大きく高め、炉心プラズマが自己加熱で燃焼を持続する「イグニッション」状態を達成する必要があります。現在の実験では一瞬の燃焼やQ≈1の境界に到達する段階ですが、発電炉では安定的にQ≧10以上を維持することが目標となります【3】。プラズマ閉じ込め時間の延長、均一な燃焼波の維持など、純発電までには物理学的なブレークスルーがなお必要です。

  • 中性子による材料損傷と燃料増殖 – D-T核融合では14MeVもの高エネルギー中性子が飛び出し、炉内壁や構造材料に損傷・放射化をもたらします。このため中性子に強い新素材の開発や、液体金属ブランケットによる中性子減速・遮蔽技術が不可欠です。また、そのブランケット内で中性子とリチウム反応により核融合燃料の三重水素(トリチウム)を増殖する仕組み(増殖率≧1)が求められます。トリチウムは天然にはごく微量しか存在せず、実用炉では自己増殖で燃料サイクルを回す必要があります。これら材料・燃料サイクルの課題に対し、日本の京都フュージョニアリングなどが中心となり、液体ブランケットを用いた熱交換・トリチウム回収の統合試験装置「UNITY」の開発が進められています【11】。

  • システム統合と連続運転 – 100百万℃を超えるプラズマを閉じ込める真空容器、超伝導磁石やレーザー、冷却系や発電タービン、計測制御系など、核融合炉は極めて複雑なシステムです。各要素技術が個別に実証されても、それを統合して安定稼働させる工学には大きな挑戦が伴います。例えばレーザー核融合なら毎分数百個もの燃料ペレットを正確に照準・点火する必要があり、磁気閉じ込め炉でも長時間運転時のプラズマ排気(不純物やヘリウム灰の除去)や超高熱負荷に晒されるダイバータの冷却が課題となります。さらに、核融合反応で発生したエネルギーを安全かつ効率的に取り出す熱交換・発電システムの開発も不可欠です。

  • 巨額の開発資金パイロット炉建設までには各社あたり平均7億ドル(約1,000億円)規模の追加資金が必要と見積もられており、業界全体では総額770億ドルもの資本が求められるとされています【3】。現在までに投じられた約100億ドルは大きな額ですが、商業化までの道のりで必要となる投資額はその数倍にも達します。資金確保の競争も激しく、将来的には技術優位な企業への淘汰と集約が進む可能性も指摘されています【3】。また事業化に際してコスト競争力を持つこと(発電コストが他の再エネや原子力と競合できること)も重要であり、単に動けば良いという段階から経済性の証明へとハードルが上がっていきます。

  • 規制・認可と社会受容性 – 核融合炉は核分裂炉に比べ安全性が高いとされますが、実際の商用炉建設には各国で新たな規制整備と安全審査が必要です。特に初期炉では中性子線により放射化した構造物の廃棄や、運転中のトリチウム取扱いに関する規制対応が課題となるでしょう。環境への影響評価や立地許認可にも時間を要する可能性があり、行政手続き上のボトルネックにも注意が必要です。ただし核融合の場合、深刻なメルトダウン事故のリスクが無く廃棄物も長寿命ではないため、社会的受容性は比較的高いと予想されています。それでも、実用化が近づけば核融合発電所の安全文化や廃棄物ポリシーを巡る議論が本格化するでしょう。

以上のように課題は山積していますが、各社はこれらを克服すべく材料科学やシミュレーション技術の進歩も総動員して開発を続けています。核融合の商用化レースは単なる速度競争ではなく、誰がこの難問を包括的に解決できるかという総合力の競争でもあるのです。

核融合開発がもたらす波及効果

核融合の実現を目指す過程で、生まれた技術が他分野に応用される波及効果も見逃せません。現在、核融合研究から派生した先端技術として以下のような例が挙げられます。

  • 高温超伝導磁石の進化 – 核融合炉向けに開発された高温超伝導コイルは、従来よりはるかに強力な磁場発生を可能にしました。この技術は核融合のみならず、風力発電用の高性能発電機やリニアモーターカーの磁気浮上システムなどへの転用が期待されています。実際、イギリスのトカマク・エナジー社は開発した高性能磁石を日本企業と協力して大型発電機用途に応用する研究を始めています。

  • 高出力レーザー技術 – 慣性閉じ込め核融合から生まれた高出力レーザーや光学技術は、材料加工・医療など幅広い分野で有用です。超短パルスレーザーの開発は半導体微細加工やがん治療の粒子線源などに応用可能であり、核融合研究が光学産業の新たなイノベーションを牽引しています。

  • プラズマ計測・制御技術 – 核融合炉の超高温プラズマを計測・制御するためのセンサー類やAI制御技術は、宇宙空間での推進(電気推進ロケット)や半導体製造プロセスのプラズマ装置の高度化などに役立ちます。例えば欧州では核融合プラズマ制御用AIを人工衛星のプラズマスラスタ最適制御に応用する試みも始まっています。

  • 中性子利用と医療 – 核融合炉が生み出す高エネルギー中性子を利用して、医療用の放射性同位体(たとえばがん診断・治療に使うアイソトープ)を大量生産したり、材料の非破壊検査(中性子イメージング)に活用したりするアイデアもあります。既に幾つかの核融合スタートアップは、最初期の装置を発電ではなくアイソトープ生産や半導体検査向け中性子源として事業化することを検討しています。

このように、核融合への挑戦は単に電力を生み出すだけでなく、その過程で科学技術全体のブレークスルーを促すエンジンとなっています。かつてアポロ計画が電子工学や素材工学の飛躍をもたらしたように、核融合開発競争からも思わぬ産業波及効果が次々と生まれてくるでしょう。

日本における核融合開発と再エネ普及の課題

日本は核融合研究では古くからJETやITER計画に参画し、大型トカマク実験(JT-60など)を牽引してきた実績があります。一方で、近年台頭した民間核融合スタートアップの領域では欧米に後れを取っているのが現状です。しかし2020年代後半に入り、日本も官民で巻き返しを図り始めました。政府は2023年に「核融合エネルギーイノベーション戦略」を改訂し、2030年代に世界に先駆けて核融合発電の実証を行うという国家目標を掲げました【8】。これを受け、国内では産業界・学術界が連携する「FAST」プロジェクト(Fusion by Advanced Spherical Tokamak)が発足し、スタートアップ企業Starlight Engine社の主導で核融合原型炉の概念設計や候補地選定が進められています【8】。また京都大学発の京都フュージョニアリング社は、核融合炉の燃料ブランケットやトリチウム周辺技術で世界をリードしており、前述の統合試験装置UNITYを通じて他国の核融合開発も支援しています【11】。大阪大学発のEX-Fusion社は国内唯一のレーザー核融合スタートアップとして独自の高速繰り返しレーザー技術を開発中で、2023年に約26億円の資金調達を実現しました。こうした動きは、日本が将来の核融合産業で主導権を確保し、エネルギー安全保障と脱炭素を両立する狙いから加速しています。

もっとも、日本が直面するエネルギー課題は核融合の将来に留まりません。足元の再生可能エネルギー普及においても、日本には根源的な問題が横たわっています。再エネ導入比率は2010年の9.5%から2023年には22.9%まで上昇しましたが、その伸びは近年鈍化し、2030年目標の36-38%に黄信号が灯っています【12】。背景には電力業界の構造的障壁があります。日本の大手電力会社(10社)は依然として電源の75%近くを化石燃料と原子力に依存し、国内再エネへの投資は消極的です【12】。政府は電力会社に2030年までに総発電量の44%を非化石電源にする義務を課していますが、達成できなくても罰則がなく、各社は不足分を形だけ非化石証書(主に他社の原子力由来)で埋め合わせているのが実情です【12】。このため発電事業者が自ら進んで再エネ電源を開発するインセンティブが弱く、民間資本による大規模再エネプロジェクトも停滞しがちです。

また、日本固有の送電網制約も再エネ拡大の大きなネックです。再エネ資源に恵まれた北海道・東北・九州などでは送電線増強の遅れから新規の発電設備接続が難航し、せっかくの発電量がカット(出力制御)される事例が増えています。実際、2023年度には全国で合計1.88GWhもの再エネ発電が出力制御で捨てられ、過去最悪を記録しました【12】。一方で既存の石炭火力や原発は最低出力の下限(30-50%程度)を保証されており、需給調整時にはまず再エネ側が止められるルールになっています【12】。本来、需要地である関東・関西と供給ポテンシャルの高い北海道・東北・九州を結ぶ長距離送電網を強化すれば解決できる問題ですが、日本では送電インフラ整備の計画策定や資金調達の仕組みが弱く、許認可プロセスも煩雑なために大規模グリッド投資が進んでいません【12】。こうした物理的制約と制度的不備が相まって、再エネ電力は「あるのに流せない」状態が各地で生じています。

しかし打開策の芽もあります。福島県や秋田県などでは地域主体で高い再エネ導入目標を掲げ、地域金融や住民参加型のプロジェクトで電源開発を進める動きが成果を上げています【12】。日本全体としても、送電網の抜本的な強化・運用ルール改革(広域的な系統運用やノンファーム型接続の拡大)、大手電力会社の非化石義務の実効性確保(履行しない場合の罰則導入)、再エネ事業者と需要家を直接結ぶPPA(電力購入契約)の促進など、構造的な改革が急務とされています【12】。加えて、大容量蓄電池や需要側調整リソースを活用して再エネ変動を平滑化するデジタル技術の導入、洋上風力の加速に向けた入札・許認可手続きの改善など、総合的な取り組みが求められます。

日本が2050年カーボンニュートラルを達成するには、核融合という未来の切り札と並行して、今ある再エネを最大限に活用する努力が不可欠です。幸い、核融合競争で得られた技術(例:高性能蓄電や水素製造、副産物としての熱利用など)は再エネ普及にもシナジーをもたらす可能性があります。核融合炉が実用化するまでの数十年の橋渡しを再生エネルギーと省エネで乗り切り、将来それらを補完する形で核融合発電を電力系統に組み込むことが、日本の脱炭素戦略における理想的なシナリオでしょう。そのためにも、まずは既存の障壁を取り払い、再エネと革新的技術の共存共栄を図るエネルギー政策が求められています。

未来への展望:エネルギー革命へのカウントダウン

核融合エネルギーの実用化競争は、いよいよこの十年余りが正念場となります。各国とも気候変動対策とエネルギー安全保障の両面から核融合への期待を高めており、21世紀半ばに向けたゲームチェンジャーとして真剣に取り組み始めました。米国と英国が先行して民間主導の開発を進めていますが、中国も国家プロジェクトとして2030年代の大型実証炉CFETR建設を掲げ、研究者・資金を総動員しています。ドイツや日本、カナダも独自の支援策で人材と企業を誘致し、核融合開発のハブ形成を競っています。このように核融合は文字通りグローバルな競争であり、同時に目標は共有されています。技術的アプローチは違えども、各プレイヤーが目指す先は「無限のクリーン電力」という人類共通の夢なのです。

もちろん、全てのスタートアップが生き残れるわけではないでしょう。航空機産業や半導体産業の草創期と同様、淘汰を勝ち抜いた数社が覇権を握り、国際エネルギー市場を塗り替えていく可能性があります。しかしその先で人類が得る果実は計り知れません。核融合発電所が各地で稼働すれば、夜間や冬季の電力不足に悩むことなく、クリーンエネルギーのみで産業と暮らしを賄える未来が開けます。2050年以降、核融合は再生エネルギーでは代替困難な重工業プロセスの熱源や、大規模都市のベース電源として地球の脱炭素化を支える屋台骨となるでしょう。

その未来に向け、今はまさにカウントダウンが始まっています。残された課題を克服できるかどうか、2030年代初頭には核融合の可能性が白黒はっきりするはずです。もし複数の実証炉が成功を収めれば、21世紀中葉には核融合発電が世界の主力エネルギーとなり得ます。逆に困難が続けば、更なる技術革新と忍耐が必要になるでしょう。いずれにせよ、核融合に挑む人々の情熱と創意が、エネルギー史に新たなページを刻む日はそう遠くありません。人類が“星を灯す”その瞬間に向けて、世界最高水準の知恵と技術を結集した競争は続いていきます。

参考文献

  1. U.S. Department of Energy (DOE), Press Release: “DOE National Laboratory Makes History by Achieving Fusion Ignition” (December 13, 2022) – https://www.energy.gov/articles/doe-national-laboratory-makes-history-achieving-fusion-ignition

  2. World Nuclear Association, “Nuclear Fusion Power” (Information Library article, updated April 2022) – https://world-nuclear.org/information-library/current-and-future-generation/nuclear-fusion-power.aspx

  3. Reuters, “Global investment in fusion energy rises the most since 2022” by Timothy Gardner (July 22, 2025) – https://www.reuters.com/sustainability/climate-energy/global-investment-fusion-energy-rises-most-since-2022-2025-07-21/

  4. Helion Energy, “Announcing Helion’s fusion power purchase agreement with Microsoft” (Press Release, May 2023) – https://www.helionenergy.com/articles/announcing-helion-fusion-ppa-with-microsoft-constellation/

  5. Helion Energy, “Helion and Nucor announce collaboration to deploy 500 MWe fusion power plant” (Press Release, September 27, 2023) – https://www.helionenergy.com/articles/helion-nucor-collaboration-to-deploy-500-mw-fusion-power-plant/

  6. Nuclear News (ANS), “Acceleron Fusion raises $24M in seed funding to advance low-temp fusion” (December 11, 2024) – https://www.ans.org/news/article-6626/acceleron-fusion-raises-24m-in-seed-funding-to-advance-lowtemp-fusion/

  7. NucNet, “Germany-Based Marvel Lands €62 Million In Bid To Prove Laser Technology” (News, October 1, 2024) – https://www.nucnet.org/news/germany-based-marvel-lands-eur62-million-in-bid-to-prove-laser-technology-10-2-2024

  8. Fusion Industry Association, “Japan Unveils Updated National Fusion Energy Strategy” (News, June 10, 2025) – https://www.fusionindustryassociation.org/japan-unveils-updated-national-fusion-energy-strategy/

  9. Le Monde (English), “Nuclear fusion: The race among start-ups to harness limitless, clean energy” by David Larousserie (September 25, 2025) – https://www.lemonde.fr/en/science/article/2025/09/25/nuclear-fusion-the-race-among-start-ups-to-harness-limitless-clean-energy_6745719_10.html

  10. Power Engineering International, “Google signs nuclear fusion power offtake agreement” by Kevin Clark (July 7, 2025) – https://www.power-eng.com/nuclear/google-signs-nuclear-fusion-power-offtake-agreement/

  11. Kyoto Fusioneering, “World-first Integrated Testing Facility for Fusion Power Plant Equipment to be Constructed in Japan” (Press Release, July 6, 2022) – https://kyotofusioneering.com/en/news/2022/07/06/768

  12. IEEFA (Institute for Energy Economics and Financial Analysis), Report: “Key barriers in Japan’s renewable energy development” by Michiyo Miyamoto (August 28, 2025) – https://ieefa.org/resources/key-barriers-japans-renewable-energy-development

ファクトチェック・サマリー:本記事で引用したデータや発言は、上記の各種信頼できる出典に基づいています。核融合スタートアップの数や投資額など業界動向の数値【3】【9】、核融合実験(NIFやJET)の成果【1】【2】、主要企業の最新動向【4】【5】【7】【10】、および日本における再生可能エネルギー普及の現状と課題【12】など、全て実在する情報源から確認された事実です。また、京都フュージョニアリング社のUNITY計画【11】やAcceleron社のミューオン核融合【6】に関する記述も、それぞれ公式発表に基づいています。記事中の見解や将来予測部分についても、引用した専門家の分析【3】【9】を踏まえて慎重に評価しています。不明瞭な点やエビデンスのない主張は避け、最新情報に基づくファクトチェックを行ったうえで執筆しています。

著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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