「ストラクチャー・ホール理論」と「弱いつながり理論」で解き明かす、真の変革を生むGXスキル要件と脱炭素人財育成プログラム

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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目次

「ストラクチャー・ホール理論」と「弱いつながり理論」で解き明かす、真の変革を生むGXスキル要件と脱炭素人財育成プログラム

2025年8月6日(水) 最新版

はじめに:なぜ日本の脱炭素は停滞するのか?突破口は「人財」という名のネットワーク資本にあり

2050年カーボンニュートラル達成という国家目標。

経済産業省主導の「GXリーグ」創設 1 に象徴されるように、日本企業と政府のGX(グリーン・トランスフォーメーション)へのコミットメントは、かつてないほど強固に見える。しかし、その意欲的な掛け声とは裏腹に、現場レベルでの進捗は遅々として進まず、多くの関係者が閉塞感を抱いているのが実情ではないだろうか。

再生可能エネルギーの導入は、系統制約、高コスト、地域との合意形成といった数々の障壁に阻まれ 3日本の脱炭素は「総論賛成、各論反対」の隘路にはまり込んでいる。

この停滞は、意志の欠如や技術の不足が根本原因ではない。真の問題は、より深く、構造的な次元に存在する

それは、変革に必要な知見やリソースを持つ主体が、互いに分断され、連携できていない「ネットワークの失敗」である。

金融、技術開発、政策立案、地域社会といった各セクターは、それぞれが高い専門性を持つ「クラスター(集団)」を形成しているものの、クラスター間には深い「構造的空隙(ストラクチャル・ホール)」が存在し、価値ある情報の流通を妨げているのだ。

本レポートは、この根源的な課題に対し、全く新しい処方箋を提示するものである。

それは、社会ネットワーク理論の二つの強力な武器――マーク・グラノヴェッターの「弱いつながりの強さ(Strength of Weak Ties)」理論と、ロナルド・S・バートの「構造的空隙(Structural Holes)」理論――を融合させた、新たなGX人財像とその育成戦略である。

我々が提唱するのは、単なる専門知識の詰め込み教育ではない。分断された知と知をつなぎ、新たな価値を創造する「ネットワークの建築家」を育成することだ。

本稿では、以下の構成で、日本のGXを真の変革軌道に乗せるための具体的かつ実行可能なロードマップを詳述する。

  1. イノベーションの隠れたエンジンを再解釈する: 「弱いつながり」と「構造的空隙」という二つの理論が、なぜGX時代に不可欠な武器となるのかを解き明かす。

  2. 脱炭素の停滞を診断する: 日本のGXが直面する課題をネットワーク理論のレンズで再分析し、その根源が「構造的空隙」にあることを論証する。

  3. 新たなGXスキル要件を定義する: 既存のスキル標準を拡張し、分断を乗り越えるための新しいコンピテンシーモデル「ストラクチャル・ブリッジ」を提案する。

  4. 変革者を育成するプログラムを設計する: 新たなスキル要件に基づき、座学を超えた実践的な人財育成プログラムの青写真を示す。

  5. ありそうでなかった実効性のある解決策を提示する: このアプローチを社会全体で制度化するための、斬新かつ具体的なソリューションを提言する。

これは、日本のGXにおける最大かつ未開拓の資源、すなわち「人的ネットワーク」という名の巨大なポテンシャルを解放するための最終回答である。

第1部 イノベーションの隠れたエンジン – GX時代に向けたネットワーク理論の再解釈

GXという壮大な社会変革は、単一組織の努力だけでは決して成し遂げられない。それは、多様な専門知識、異分野の技術、そして異なる価値観を持つステークホルダーの協調によってのみ実現可能となる。

この複雑なエコシステムにおいて、イノベーションを創出し、変革を加速させる原動力は何か。その答えは、社会ネットワーク理論の中に隠されている。本章では、GX戦略家が知るべき二つの核心理論を、現代の文脈で再解釈する。

1.1 閉鎖的なサークルを超えて:新しいGX知識にアクセスする「弱いつながり」の力

多くのビジネスパーソンは、強固な人間関係、すなわち「強いつながり」こそが重要だと信じている。頻繁に会い、互いを深く理解し、共通の知人も多い同僚や親しい友人との関係は、確かに信頼と協力を生む。しかし、スタンフォード大学の社会学者マーク・グラノヴェッターが1973年に発表した画期的な論文で明らかにしたのは、新規性の高い情報や機会は、むしろ「弱いつながり」からもたらされるという逆説的な真実だった 6

「弱いつながり」とは、たまにしか会わない知人や、異なる業界のカンファレンスで一度名刺交換しただけの間柄などを指す。こうしたつながりは、一見すると希薄で頼りなく見える。しかし、その価値は、自分たちが属する緊密な情報ネットワーク(グラノヴェッターの言う「クリーク」)の外部にある、全く異なる情報クラスターへと橋渡ししてくれる点にある 7

強いつながりのネットワーク内では、情報は重複しがちだ。同じ仲間内で同じ話題がぐるぐると回り、新しい視点が入り込む余地は少ない 9。一方、弱いつながりは、自分とは異なる経験、知識、人脈を持つ人々と我々を結びつける「ブリッジ」として機能する 6。グラノヴェッター自身の転職に関する研究では、新しい職を見つける上で有益な情報をもたらしたのは、「頻繁に会う人(強いつながり)」がわずか16.7%だったのに対し、「ときどき会う」「めったに会わない」といった弱いつながりの人々が合計で83.4%にも上ったという驚くべき結果が示されている 8

これをGXの文脈に当てはめてみよう。ある太陽光パネルメーカーの技術者チームを想像してほしい。彼らの「強いつながり」のネットワーク内では、変換効率を0.1%向上させるための議論が日々交わされているだろう。これは非常に重要だが、漸進的な改善に留まる。しかし、その技術者の一人が、異業種交流会で出会ったフィンテック企業の専門家(弱いつながり)と雑談したとする。その会話から、ブロックチェーンを活用したP2P電力取引プラットフォームや、小規模な太陽光発電設備を証券化する新たな金融商品のアイデアが生まれるかもしれない。これは、技術者の閉じた世界からは決して生まれ得ない、破壊的なイノベーションの種である。

現代のSNS環境は、この「弱いつながりの強さ」をさらに増幅させている。Facebook社の研究では、ユーザーは親しい友人がシェアした情報よりも、普段あまり交流のない「友達の友達」がシェアした情報を、さらに再シェアする(拡散させる)確率がはるかに高いことが示された 6。これは、弱いつながりが多様な情報を効率的に、かつ広範囲に伝播させる力を持つことを実証している。断片化された日本のGXエコシステムにおいて、成功事例や新たなソリューションを迅速に普及させるためには、この「弱いつながり」の力を意図的に活用することが不可欠なのだ。

1.2 ブローカーとしての優位性:「構造的空隙」がエネルギーエコシステムに生み出す見えざる価値

グラノヴェッターの「弱いつながり」理論をさらに発展させ、より戦略的な概念として提示したのが、シカゴ大学のロナルド・S・バートが提唱する「構造的空隙(ストラクチャル・ホール)」理論である 10。バートの洞察の核心は、価値は「つながりそのもの」にあるのではなく、「つながりのない関係性の間に存在する機会」にある、という点だ。

「構造的空隙」とは、ネットワーク上の互いに接続されていない二つ以上のクラスター(集団)間に存在する「隙間」や「断絶」を指す 10。そして、この隙間を意図的に橋渡しする個人や組織、すなわち「ブローカー」は、計り知れない競争優位性を手にする。なぜなら、ブローカーは以下のような独自の立場を享受できるからだ。

  • 情報優位性(Information Advantage): 異なるクラスターから、重複しない多様な情報にいち早くアクセスできる。片方のクラスターでは常識となっている知識が、もう一方のクラスターにとっては全く新しい発見である場合、ブローカーはその情報を独占的に活用できる 9

  • コントロール優位性(Control Advantage): 情報の流れを制御し、二つのクラスター間の関係性を主導できる。両者を引き合わせるか、あるいは引き合わせないかという選択権を持ち、交渉を有利に進めることが可能になる。

バートは、ネットワーク構築は単に多くの人とつながること(量の問題)ではなく、いかに重複しないコンタクトを持つか(構造の問題)が重要だと説く 10。同じクラスター内に複数のリンクを張っても、得られる情報は似通っており、コストパフォーマンスは低い。しかし、同じコストをかけて異なるクラスターへリンクを張れば、多様で価値ある情報を効率的に獲得できる。この「構造的空隙を埋める」行為こそが、イノベーションの源泉となるのだ 10

日本のGXエコシステムは、まさにこの「構造的空隙」の宝庫である。例えば、以下のような無数の断絶が存在する。

  • 「再エネ開発事業者」と「伝統的な重厚長大産業」の間: 前者はクリーン電力を供給したいが、後者の巨大な需要や特殊な利用条件を理解していない。後者は脱炭素化を迫られているが、最新の再エネ技術の可能性を知らない。

  • 「ベンチャーキャピタル」と「電力系統運用者」の間: 前者は破壊的技術に投資したいが、電力システムの厳格な規制や安定性の要件を軽視しがちだ。後者は安定供給を最優先するあまり、新しい技術の導入に慎重すぎる。

  • 「中央省庁の政策立案者」と「地方の地域住民」および「地域の訪問販売会社」の間: 前者は国家レベルの目標達成を急ぐが、後者は景観や生活への影響を懸念し、プロジェクトに反対する(NIMBY問題)、またそれらの需要家の超ローカルな顧客接点を持つのは数名から30名前後の中小訪問販売会社や工事店の営業担当であり、太陽光や蓄電池や脱炭素の鍵を握る現場キーマンだとしても政策立案者とは距離が遠すぎてお互い会話することはない。

これらの「構造的空隙」に橋を架けるブローカーこそが、真の価値を創造する。

例えば、水素製造の革新技術を持つスタートアップと、製鉄プロセスの脱炭素化を目指す大手鉄鋼メーカーを結びつけ、両者のニーズを翻訳し、共同プロジェクトを組成できる人材は、単なる技術者や営業担当者ではない。彼は、存在しなかった市場を創造する「構造的ブローカー」なのである。

1.3 理論の統合 — 変革のための新モデル:GXにおける「ストラクチャル・ブリッジ」の必要性

「弱いつながり」と「構造的空隙」。

これら二つの理論は、GXの文脈において、単独でも強力な示唆を与える。しかし、その真価は両者を統合し、一つの実践的な行動モデルとして捉えたときにこそ発揮される。そこで本レポートが提唱するのが、「ストラクチャル・ブリッジ(Structural Bridge)」という新たな概念だ。

これは、GXにおける変革者の役割を再定義するものである。

  • 弱いつながりは、新しい情報にアクセスするための「コネクションの種類」である。

  • 構造的空隙は、価値創造の機会が眠る「ネットワーク上の場所」である。

  • そして、ストラクチャル・ブリッジは、その機会を捉え、意図的に価値を創造する「個人が果たすべき戦略的役割」そのものである。

真のGX変革者とは、弱いつながりを通じて偶然に有益な情報を受け取るだけの存在ではない。彼らは、自らが活動するエコシステムをネットワークとして俯瞰し、最も価値のある「構造的空隙」を主体的に特定し、そこを繋ぐために行動する能動的な橋(ブリッジ)の建設者なのだ。

この視点は、GX人財育成におけるパラダイムシフトを意味する。

従来の育成モデルが「GXに関する専門知識(例:CO2排出量算定、再エネ技術)を教える」ことに主眼を置いていたとすれば、我々の提案は「ネットワークを設計し、活用する能力、すなわちネットワーク・アーキテクトとしての能力を培う」ことに重点を置く

目指すべきは、自社や自組織を単なる「ノード(点)」としてではなく、広大なネットワークの一部として捉え、価値ある「エッジ(線)」を戦略的に描くことができるプロフェッショナルを育成することなのである。

この「ストラクチャル・ブリッジ」という概念こそが、日本の停滞したGXを前進させるための、人財育成における北極星となる。

第2部 脱炭素のデッドロック:ネットワーク理論のレンズで診断する日本の真の構造的課題

日本が掲げる野心的な脱炭素目標と、遅々として進まない現実との間には、深い溝が存在する。

この「実行の谷」は、なぜ埋まらないのか。

本章では、前章で提示したネットワーク理論のレンズを用いて、日本のGXが抱える数々の課題を再診断する。一見、バラバラに見える問題群が、実は「構造的空隙」という一つの根源から派生していることを明らかにすることで、真に効果的な打ち手を見出すための土台を築く。

2.1 データが示す再エネ移行の現実と構造的ボトルネック

まず、客観的な事実から出発しよう。環境エネルギー政策研究所(ISEP)の推計によれば、2021年の日本における自然エネルギーの発電電力量に占める割合は22.4%に達し、着実な進展を見せている 11。しかし、経済同友会などが提言する2030年の再エネ比率40%という目標 4 から見れば、その道程は依然として険しい。

この進捗を阻む要因として、専門家や実務家から繰り返し指摘されてきたのが、以下の「4大ボトルネック」である。

  • 経済・金融の壁: 住宅用太陽光発電における高額な初期コストは、一般家庭にとって大きな負担となっている 3。企業にとっても、脱炭素投資は回収期間が長く、リスク評価が困難なため、金融機関からの融資を引き出しにくい。補助金や税制優遇だけでは限界があり、抜本的な金融イノベーションが求められている。

  • 技術・系統の壁: 太陽光や風力といった変動性再生可能エネルギー(VRE)の導入が拡大するにつれ、電力系統の安定性が脅かされている 5。電力の需給バランスを保つための調整力不足、送電網の容量不足(系統混雑)は深刻な問題だ 4。従来の同期電源が減少し、慣性力や同期化力が低下することで、大規模停電のリスクも増大する 5

  • サプライチェーン・労働力の壁: パネルや蓄電池などの部材調達網の強靭化は急務である 3。さらに、Rewiring Americaの試算によれば、エネルギー移行に必要な配線工事だけでも北米で100万人の電気技術者が必要とされるように 14、日本でも設備設置を担う電気工事士などの専門技術者の確保が、導入拡大の深刻な制約となりつつある 3

  • 社会・政策の壁: 再エネの必要性に対する国民的な理解は進む一方、具体的なプロジェクトとなると、景観への影響や騒音などを理由とした地域住民の反対(NIMBY)に直面するケースが後を絶たない。国のトップダウンの政策と、地域のボトムアップの懸念との間に、深い断絶が存在している 3

これらの課題は、これまで個別の専門分野の問題として扱われてきた。しかし、ネットワークの視点から見ると、全く異なる景色が立ち現れてくる

2.2 日本のエネルギーエコシステムに存在する「構造的空隙」のマッピング

本レポートの核心的な診断はここにある。前節で挙げた4大ボトルネックは、それぞれが独立した問題なのではなく、日本のエネルギーエコシステム内に存在する深刻な「構造的空隙」が表面化した症状なのである。

  • 「コストの空隙」: これは、金融セクター(リスクを定量化し、短期的なリターンを求める)と、技術開発セクター(技術の可能性を追求し、長期的なビジョンを持つ)との間の断絶である。金融機関は新しいGX技術の将来性を評価する語彙を持たず、技術者は自らの技術を投資可能なビジネスプランに翻訳するスキルを持たないこの空隙を埋め、技術のポテンシャルを「銀行が融資できる(bankable)」な事業モデルへと翻訳するブローカーが決定的に不足している。

  • 「系統の空隙」: これは、中央集権的な大規模電力事業者(システムの安定性を至上命題とする)と、分散型の小規模な再エネ発電事業者(個々の発電量を最大化しようとする)との間の断絶である。両者の利害はしばしば対立し、系統全体の最適化よりも部分最適が優先される。仮想発電所(VPP)やグリッドフォーミングインバータといった新しい協調技術の導入や、柔軟な市場設計を主導し、双方に利益をもたらすルールを共創するブローカーが必要とされている。

  • 「労働力の空隙」: これは、産業界(即戦力となるスキルを求める)と、教育・研究機関(学術的な知識体系を教える)との間の断絶である。大学のカリキュラムは産業界のニーズの変化に追いついておらず、卒業生が現場で求められる実践的スキルを身につけていないEUが「Pact for Skills」などで推進する産学連携のスキルパートナーシップ 15 のように、教育から雇用までをシームレスにつなぐブローカー機能が欠如している。

  • 「コミュニティの空隙」: これは、プロジェクト開発事業者(事業効率とスピードを重視する)と、地域社会(生活環境の維持と地域への便益を求める)との間の断絶である。開発事業者は説明責任を形式的に果たそうとするが、住民の真の懸念や要望を汲み取り、プロジェクト設計に反映させることができない両者の間に立ち、信頼を醸成し、再エネ事業が地域経済にも貢献するような共創的なモデルを設計するブローカーが不可欠である。

このように、日本のGX停滞の根本原因は、専門家がいないことではなく、専門家と専門家、セクターとセクターをつなぐ「橋」がないことに尽きる。それぞれのクラスターは内部で高度化・最適化を進めているが、その「間」にある価値創造の機会を見過ごしているのだ。

2.3 現行の人財モデルの限界:なぜ「GXスキル標準」は必要だが、十分ではないのか

こうした構造的課題に対し、国は手をこまねいていたわけではない。

経済産業省が主導するGXリーグは、2025年5月14日に「GXスキル標準 ver2」を公表した 1。このスキル標準は、GX推進に必要な人材を「GXアナリスト」「GXストラテジスト」「GXプロジェクトマネジャー」「GXコミュニケーター」「GXインベンター」の5類型に定義し、それぞれに求められるスキルを明示した画期的な試みである 1

企業が自社に必要な人材要件を定義し、育成計画を立てる上で、共通の「物差し」を提供した功績は大きい。

しかし、この「GXスキル標準」をネットワーク理論のレンズで精査すると、その決定的な限界が浮かび上がる。スキル標準で定義されている業務やスキルは、そのほとんどが「組織内部」に向けられたものなのだ 18

例えば、「自社の経営戦略に反映させる」「PDCAサイクルを回す」「自社の気候変動対策の取組を開示する」といった記述が並ぶ 18。これらは、個々の企業が自組織の脱炭素化を推進するためには不可欠な能力である。

問題は、その視線が自社の境界線で止まっていることだ。日本のGXが直面している真の課題が、前述の通り、企業の「境界線の外」、すなわちセクター間の「構造的空隙」にあることを踏まえると、このスキル標準は根本的なミスマッチを抱えていると言わざるを得ない。

現在のGXスキル標準は、ネットワークの「ノード(点)」、すなわち個々の企業や組織を強化するための、極めて優れた設計図である。

しかし、日本のGXが本当に必要としているのは、ノードとノードをつなぐ「エッジ(線)」を構築し、ネットワーク全体を活性化させる能力だ。我々は、世界水準の専門家を各々のサイロの中で育成することには長けているかもしれない。

だが、そのサイロの壁を打ち破り、異質な知を結合させてイノベーションを生み出す「橋の建設者」を育成する視点が、決定的に欠落している。

この「ミスマッチ」こそが、日本の脱炭素を停滞させる「見えざる人財のボトルネック」の正体なのである。次章では、この欠落したピースを埋めるための、新たなコンピテンシーモデルを具体的に提案する。

第3部 2025年「ストラクチャル・ブリッジ」GXスキル要件:変革者のための新コンピテンシーモデル

日本のGXが直面する「構造的空隙」という根源的な課題を克服するためには、人財育成のパラダイムそのものを転換する必要がある。

既存の専門スキルを深化させるだけでは不十分だ。求められるのは、サイロの壁を越え、分断された知をつなぎ、新たな価値を共創する能力である。

本章では、そのための具体的な処方箋として、既存の「GXスキル標準」を否定するのではなく、それを戦略的に拡張する新たなコンピテンシーモデル「ストラクチャル・ブリッジ」を提案する。

3.1 専門家からネットワーク・ウィーバーへ:GXプロフェッショナルの原型を再定義する

我々が提唱する新しいGXプロフェッショナルの原型、それは「GXネットワーク・ウィーバー(GX Network Weaver)」、あるいは「ストラクチャル・ブリッジ・プロフェッショナル」と呼ぶべき存在だ。

この人財の第一の機能は、特定の分野における深い専門知識を持つこと(これは依然として重要である)に留まらない。その専門知識を基盤としながら、GXエコシステム全体を俯瞰し、異なるセクター間を「つなぎ(Connect)」「翻訳し(Translate)」「仲介する(Broker)」ことにある。

彼らは、自組織の利益を最大化するだけでなく、ネットワーク全体の価値を高めることで、結果的に自組織にも大きなリターンをもたらす静的な専門家ではなく、動的な触媒であり、エコシステムに新たな血流を生み出す存在だ。

3.2 5つの核心的「ストラクチャル・ブリッジ」コンピテンシー:公式GXスキル標準の進化

この「GXネットワーク・ウィーバー」を育成するために、我々は5つの核心的なコンピテンシーを定義する。これらは、GXリーグが定めた5つの人材類型(アナリスト、ストラテジスト、PM、コミュニケーター、インベンター) 1 のそれぞれに、新たなレイヤーとして付加されるべきものである。

  1. エコシステム・マッピング&機会分析(Ecosystem Mapping & Opportunity Analysis):

    GXに関連する広範なエコシステムを一つのネットワークとして可視化し、主要なプレイヤー、その利害関係、そして情報やリソースの流れを把握する能力。これにより、最も価値を生む可能性のある「構造的空隙」や、情報が非対称になっている領域を戦略的に特定する。

  2. クロスサイロ翻訳&コミュニケーション(Cross-Silo Translation & Communication):

    ある専門領域(例:金融)の言語、評価指標、優先順位を、別の領域(例:技術開発)の人間が理解できる言葉へと翻訳するスキル。これは単なる情報伝達ではない。背景にある文化や価値観の違いを深く理解し、相互理解の架け橋となる能力を指す。これは既存の「GXコミュニケーター」の役割を超え、すべての類型に求められる基盤スキルである。

  3. ブローカレッジ&多者間ファシリテーション(Brokerage & Multi-Stakeholder Facilitation):

    これまで接点のなかった複数の組織や個人を一堂に会させ、信頼関係を醸成し、共通の目標に向けた対話を促進する能力。対立する利害を調整し、全員が納得する解決策を共創するプロセスを設計・実行する、高度な仲介スキルを指す。

  4. システム思考&因果ループ設計(Systems Thinking & Causal Loop Design):

    個別の問題の対症療法に終始するのではなく、システム全体の構造を理解し、ある介入が他にどのような影響を及ぼすか(フィードバックループ)を予測する能力。短期的な解決策ではなく、持続的に好循環を生み出すような介入策(レバレッジ・ポイント)を設計するスキル

  5. 価値提案の統合(Value Proposition Synthesis):

    分断されていた複数のクラスターから得た洞察や技術、ビジネスモデルを独創的に組み合わせ、全く新しい価値提案(新事業、新製品、新政策)を創造する能力。これは、どの単一のサイロからでは決して見えなかった、結合から生まれるイノベーションの核心である。

これらのコンピテンシーは、既存のGXスキル標準を補完し、その価値を飛躍的に高める。以下の表は、この新しいモデルがもたらす変化を具体的に示している。

表1:伝統的GXスキル標準 vs. 「ストラクチャル・ブリッジ」コンピテンシーモデル

GX人材類型(GXスキル標準ver2準拠) 1

現行のスキル焦点(主に組織内部向き) 18

提案する「ストラクチャル・ブリッジ」コンピテンシー(組織外部・境界横断向き) もたらされる成果の変化(なぜそれが必要か)
GXアナリスト 自社の排出量データ分析、目標設定、社内報告。 エコシステム・マッピング&機会分析: セクター間のデータの非対称性や情報ギャップを特定し、外部の機会を発見する。 内部報告のための分析から、外部の事業機会を発見するための分析へ
GXストラテジスト 自社の経営資源を基にした、社内GX戦略の策定。 システム思考&因果ループ設計: 自社の行動がエコシステム全体に与える影響を考慮し、市場そのものを変革する戦略を設計する。 自社最適の戦略から、市場を形成するエコシステム戦略へ
GXプロジェクトマネジャー 社内の脱炭素プロジェクトを、計画通りに予算内で実行。 ブローカレッジ&多者間ファシリテーション: 複数の組織(例:電力会社、スタートアップ、自治体)にまたがる共同実証プロジェクトを組成・運営する。 プロジェクトの実行から、エコシステムレベルのソリューション提供へ
GXコミュニケーター 自社のGX活動に関する社内外への情報発信(PR/IR)。 クロスサイロ翻訳&コミュニケーション: 金融、技術、政策など異なるステークホルダー間の「通訳」として機能し、相互理解と協業を促進する。 一方的な情報発信から、双方向の理解と協働の実現へ
GXインベンター 自社内での低炭素技術や新製品の研究開発。 価値提案の統合: 異分野の技術とビジネスモデルを組み合わせ、既存の枠組みを破壊するようなソリューションを創造する。 漸進的な研究開発から、飛躍的な全身的イノベーションへ

この「ストラクチャル・ブリッジ」コンピテンシーモデルは、日本のGX人財育成に明確な方向性を与える。

それは、個々の専門性を高めるだけでなく、その専門性を武器に、いかにして組織の境界を越え、より大きな価値創造のうねりを生み出すか、という視点である。次章では、このモデルを現実の育成プログラムへと落とし込むための、具体的な設計図を提示する。

第4部 「ストラクチャル・ブリッジ」人財育成プログラム:実践的な実行計画

新たなコンピテンシーモデルを定義するだけでは、絵に描いた餅に過ぎない。

真の変革は、それを体得した人材をいかにして育成し、現場に送り出すかにかかっている。本章では、「GXネットワーク・ウィーバー」を育成するための、従来の研修とは一線を画す、実践的かつ具体的な育成プログラムの青写真を提案する。これは、企業や政府機関が明日からでも着手できる実行計画である。

4.1 ネットワーク中心学習の原則:教室を超えた学びの場へ

「ストラクチャル・ブリッジ」能力は、教科書を読んだり、講義を聞いたりするだけでは決して身につかない。ネットワークを構築し、活用するスキルは、ネットワークの中でこそ磨かれる。したがって、本プログラムの教育設計は、以下の3つの原則に基づかなければならない。

  • 経験学習(Experiential Learning): 現実世界の複雑な課題に、多様なバックグラウンドを持つチームで取り組むことで学ぶ。「Doing(実践)」こそが最も効果的な学習方法である。

  • コホート学習(Cohort-Based Learning): 多様なセクターから集まった参加者たちが、一定期間、共に学び、苦闘する経験を共有する。このプロセスを通じて、参加者同士が強力な「弱いつながり」のネットワークを形成する。プログラムの卒業後も続くこの人的資本こそが、最大の資産となる。

  • 戦略的越境(Strategic Secondments): 参加者を自組織の「コンフォートゾーン」から引き離し、全く異なるセクターの組織(例:民間企業の社員を中央省庁へ、金融機関の行員をNPOへ)に一定期間派遣する。これにより、異文化への深い理解と、本物の人脈を構築する。

4.2 「GXネットワーク・ウィーバー」プログラム:企業・政府向けモジュール提案

これらの原則に基づき、具体的な育成プログラム「GXネットワーク・ウィーバー・プログラム」を提案する。本プログラムは、北九州市が産学官金連携で推進する「北九州GX推進コンソーシアム」19 のような協調的アプローチや、EUが「European Climate Pact」で実践する多者間連携の仕組み 15 から着想を得た、4つのモジュールで構成される。

  • モジュール1:ネットワーク思考の獲得(The Network Mindset)

    • 内容: ネットワーク理論(弱いつながり、構造的空隙)、システム思考、エコシステム・マッピング手法に関する集中講義と演習。参加者は、自らが属する業界をネットワーク図として描き出し、潜在的な「構造的空隙」を特定する訓練を行う。

    • 目的: 参加者の思考様式を「線形思考」から「ネットワーク思考」へと転換させる。

  • モジュール2:翻訳ツールキットの習得(The Translation Toolkit)

    • 内容: クロスサイロ・コミュニケーションに特化したワークショップ。「エンジニアのためのファイナンス入門」「金融プロフェッショナルのための技術評価基礎」といった速習講座や、難解な技術プロジェクトを投資家に説明するロールプレイングなどを実施する。

    • 目的: 異なる専門分野間の「共通言語」を習得し、翻訳能力を磨く。

  • モジュール3:越境によるブリッジ構築(The Rotational Bridge-Building)

    • 内容: プログラムの核となる、3ヶ月から6ヶ月間の他セクターへの出向(セカンドメント)。例えば、製造業の企画担当者が経済産業省のGXリーグ推進室へ、銀行の融資担当者がクリーンテックのスタートアップへ、コンサルタントが地方自治体の環境政策課へ、といった戦略的な人材交換を行う。これは、EUが検討する国境を越えた「グローバル・スキル・パートナーシップ」21 の国内版とも言える。

    • 目的: 理論や知識レベルではない、肌感覚での異文化理解と、信頼に基づく本物の「弱いつながり」を構築する。

  • モジュール4:コンソーシアム・チャレンジ(The Consortium Challenge)

    • 内容: プログラムの総仕上げとなるキャップストーン・プロジェクト。異なる組織から来た参加者で混成チームを組み、現実のGX課題(例:「北海道における洋上風力発電の事業性を阻む系統問題を解決する、官民連携モデルを構築せよ」)に取り組む。スポンサーとなる企業や省庁が実際の課題を提供し、チームは数ヶ月かけて解決策を練り上げ、最終的に経営層や政策決定者に対して提言を行う。

    • 目的: これまで学んだ全てのスキルを統合し、現実の複雑な問題解決に応用する能力を証明する。

プログラム修了者には、既存の「GX検定」22 などを補完する形で、「認定GXネットワーク・ウィーバー」の資格を授与する。これは、高度な専門知識に加え、セクターを横断して価値を創造できる稀有な人材であることの証明となる。

表2:「GXネットワーク・ウィーバー」プログラム:サンプルカリキュラムと学習目標

モジュール 学習目標 主要な活動内容 主要業績評価指標(KPI)
1. ネットワーク思考の獲得 GXエコシステムをネットワークのレンズで分析し、価値の高い構造的空隙を特定する能力を習得する。 – 構造的空隙・弱いつながり理論に関するワークショップ – ネットワーク分析ツールを用いた地域エネルギーエコシステムの可視化演習 – ネットワーク主導のイノベーション成功事例研究 参加者が自業界のエコシステムにおける潜在的な構造的空隙を3つ特定し、その価値についてプレゼンテーションできる。
2. 翻訳ツールキットの習得 金融、技術、政策といった異なるサイロ間で、効果的にコミュニケーションをとる能力を習得する。 – ロールプレイング・シミュレーション(例:懐疑的なCFOに技術プロジェクトを売り込む) – 「技術者のためのファイナンス101」「金融家のための技術101」ブートキャンプ – トップレベルの政策立案者や規制当局者によるゲスト講義 参加者が複雑な技術プロジェクトについて、専門外の聴衆にも明快な1ページの投資概要書を作成できる。
3. 越境によるブリッジ構築 他セクターに対する深い文脈的理解と、信頼に基づく本物の弱いつながりを構築する。 – 異セクターの提携組織における3ヶ月間のフルタイム派遣 – 派遣中に得た洞察に関する定期的なジャーナリングと報告 – 最終報告会:「自セクターが派遣先セクターから学べること」 派遣先セクターにおいて、価値ある新たなコンタクトを10人以上含む「弱いつながりマップ」を作成し、その関係を維持するための計画を提示できる。
4. コンソーシアム・チャレンジ 習得した全スキルを応用し、現実の複雑なGX課題をチームで解決する。 – METIや企業スポンサーから提供された課題に対する6ヶ月間のパートタイム・チームプロジェクト – 専門家メンターによる定期的なコーチング – 業界・政府のリーダーから成る審査委員会への最終解決策プレゼンテーション チームの提案が、審査委員会によって「実行可能かつ革新的」であると評価される。

このプログラムは、単なる人材育成に留まらない。それは、日本のGXエコシステムの中に、変革の触媒となる強力な人的ネットワークを意図的に埋め込む、社会的なインフラ投資なのである。

第5部 地味だが実効性のあるソリューション:「GXコンシェルジュ」サービスの創設

個々の「GXネットワーク・ウィーバー」を育成することは、変革の「点」を増やす上で極めて重要だ。

しかし、彼らの活動が散発的で偶発的なものに終わってしまっては、社会全体の変革スピードは上がらない。エコシステムに存在する無数の「構造的空隙」を、より体系的かつ継続的に埋めていくためには、個人の能力だけに依存しない「仕組み」が必要となる。

そこで本レポートが、ありそうでなかった、しかし極めて実効性の高いソリューションとして提案するのが、「GXコンシェルジュ」という新たな公的・中立的機能の創設である。

問題の所在:機会の非対称性

現在のGXエコシステムでは、機会と課題が著しく非対称に分布している。

ある企業は画期的な技術を持っているが、それを必要とする企業を知らない。ある金融機関はGX分野への投資を増やしたいが、有望な投資先を見つけられない。ある自治体は地域課題を解決したいが、最新のソリューションにアクセスできない。誰もが「何かをしたい」「誰かと組みたい」と思っているにもかかわらず、互いを見つけ出すことができずにいる。この「探索コスト」と「ミスマッチ」が、エコシステム全体の効率を著しく下げているのだ。

提案:制度化されたブローカー「GXコンシェルジュ」

「GXコンシェルジュ」は、この問題を解決するために創設される、中立的な官民連携組織である。その唯一の目的は、日本のGXエコシステム全体を対象とした、制度化された「ブローカー(仲介者)」および「マッチメーカー」として機能することだ。ホテルの優秀なコンシェルジュが顧客のあらゆる要望に応え、最適なサービスや情報を提供するように、GXコンシェルジュは、企業や自治体、研究機関からのあらゆる相談に応じ、最適な連携相手や解決策へとつなぐ役割を担う。

「GXコンシェルジュ」の4つの主要機能

  1. オポチュニティ・スカウティング(機会の探索):

    コンシェルジュは、常にエコシステム全体を俯瞰し、ネットワーク分析を通じて、重要な「構造的空隙」や、まだ誰も気づいていない潜在的な事業機会をプロアクティブに探索・特定する。これは、受け身で相談を待つのではなく、能動的に機会を発掘しにいく機能である。

  2. ターゲテッド・マッチメイキング(目的志向の仲介):

    「このスタートアップはシリーズAの資金調達を必要としている。一方、あの大手企業のCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)は、まさにその技術領域への投資先を探している」といったように、補完的なニーズと能力を持つ組織同士を、ピンポイントで引き合わせる。単なる名簿の提供ではなく、双方のニーズを深く理解した上での、質の高い紹介を行う。

  3. ナレッジ・ブローカレッジ(知の仲介):

    特定の企業が持つ専有情報(プロプライエタリ情報)ではなく、業界横断的に適用可能なベストプラクティスや失敗から得られた教訓などを収集・匿名化し、中央集権的な「知のクリアリングハウス」として機能する。ある産業で成功した脱炭素モデルを、全く異なる産業の文脈に「翻訳」して提供することで、イノベーションの横展開を加速させる。

  4. コンソーシアム・インキュベーション(連携体の組成支援):

    大規模な社会課題(例:持続可能な航空燃料(SAF)の国内サプライチェーン構築)に取り組むために必要な、複数のステークホルダーから成るチーム(コンソーシアム)の組成を、主体的に支援・促進する。これは、前章で提案した「コンソーシアム・チャレンジ」を、国家レベルで恒常的に実施する機能に他ならない。

ガバナンスと資金調達

「GXコンシェルジュ」の成功の鍵は、その中立性と信頼性にある。したがって、その運営は、特定の企業や省庁の利害に偏らないよう、産業界、金融界、学術界、政府から構成される独立した理事会によって監督されるべきである。

資金源としては、政府のGX関連予算からの基盤的補助金、サービスを利用する企業からの会員費、そして仲介が成功した際の成功報酬などを組み合わせた、ハイブリッドモデルが考えられる。これにより、公的な使命を全うしつつも、市場原理に基づいた効率的な運営を目指す。

この「GXコンシェルジュ」は、個々の「GXネットワーク・ウィーバー」たちが活動しやすくなるための土壌を耕し、彼らの努力を増幅させる強力なエンジンとなる。それは、日本のGXエコシステムに、これまで欠けていた「循環と結合」のメカニズムを制度的に埋め込む、地味だが決定的に重要な一手なのである。

結論:人的資源から人的ネットワークへ – 日本が真のグリーントランスフォーメーションを遂げる道

2050年カーボンニュートラルへの道は、単一の技術革新や巨額の投資だけで切り拓かれるものではない。

それは、無数の組織と個人の協調的な行動が織りなす、複雑で壮大な社会変革のプロセスである。本レポートは、この変革を阻む日本の根本的な病巣が「技術の不足」や「資金の欠如」ではなく、変革の主体となるべきアクター間の「つながりの欠如」、すなわち「構造的空隙」にあることを論証してきた。

この根源的な課題に対し、我々は社会ネットワーク理論という強力なレンズを用いて、新たな処方箋を提示した。それは、マーク・グラノヴェッターの「弱いつながり」とロナルド・S・バートの「構造的空隙」の理論を融合させた、「ストラクチャル・ブリッジ」という新たな人財コンセプトである。

我々の提言の核心は、以下の三点に集約される。

  1. 人財像の再定義: これからのGXに必要なのは、サイロに閉じた「専門家」ではなく、サイロの壁を越えて知と知をつなぎ、新たな価値を創造する「GXネットワーク・ウィーバー」である。

  2. 育成モデルの転換: この新たな人財を育成するためには、座学中心の知識教育から、越境学習や実践的な課題解決を中核に据えた「ネットワーク中心学習」へと、教育パラダイムを転換する必要がある。

  3. 制度的支援の構築: 個人の努力だけに依存せず、エコシステム全体の連携を体系的に促進する中立的な仲介機能「GXコンシェルジュ」を創設し、変革の触媒機能を社会に埋め込むべきである。

これは、日本の人財戦略における根本的なマインドセットの転換を促すものである。すなわち、従業員を管理・所有すべき「人的資源(Human Resources)」として捉える視点から、そのつながりこそが価値の源泉である「人的ネットワーク(Human Networks)」を戦略的に構築・活用する視点へのシフトだ。

本レポートが示した「ストラクチャル・ブリッジ」のフレームワークは、そのための具体的な設計図である。この提言が、日本の指導者たち――企業の経営者、政策立案者、投資家、そして教育者たち――に、新たな行動を促す一助となることを切に願う。

今こそ、目に見える技術やインフラへの投資だけでなく、目に見えない「つながり」という名の社会資本へ投資すべき時である。

活気に満ちた「GXネットワーク・ウィーバー」たちのエコシステムが、トップダウンの政策とボトムアップのイノベーションを絶えず結びつけ、課題を次々と解決していく。それこそが、日本が強靭で繁栄したカーボンニュートラル社会を実現するための、唯一確かな道筋なのである。

FAQ:想定されるご質問への回答

Q1:これは単なる「ネットワーキング(人脈作り)」の言い換えに過ぎないのではないですか? 「ストラクチャル・ブリッジ」の概念は、どう違うのですか?

A1: 重要なご指摘です。両者は似て非なるものです。従来の「ネットワーキング」が、しばしば無目的に多くの人と名刺交換をすること、すなわち「つながりの数」を増やす行為と捉えられがちなのに対し、「ストラクチャル・ブリッジ」は極めて戦略的な行為です。その本質は、(1) 自らが属するエコシステムをネットワークとして分析し、(2) 最も価値を生む可能性のある「構造的空隙」を特定し、(3) その隙間を埋めるために意図的に橋を架ける、という一連のプロセスにあります。数を追うのではなく、ネットワークの「構造」に働きかけることで、最小の労力で最大の価値(情報優位性とコントロール優位性)を得ることを目指します 10。つまり、受動的な人脈作りから、能動的な**「ネットワーク設計」**へと視点を転換する点が、決定的な違いです。

Q2:当社はすでにGXリーグに参加しています。なぜこの追加的な研修が必要なのですか?

A2: GXリーグへの参加は、GX推進の第一歩として非常に重要です。GXリーグが策定した「GXスキル標準」は、各企業が自社内のGX体制を整備し、専門人材を育成するための優れた共通言語となります 1。しかし、本レポートで指摘した通り、日本のGXが直面する真のボトルネックの多くは、一社の努力では解決できない**企業やセクターの「間」**に存在します 3。本提案の「ストラクチャル・ブリッジ」育成プログラムは、既存のスキル標準を補完し、その「間」に働きかけ、

組織の境界を越えて協業やイノベーションを生み出す能力を育成するものです。GXリーグの活動を社内で推進する人材がこの能力を身につけることで、リーグ全体の活動がより活性化し、貴社にとっても新たな事業機会の創出につながります。

Q3:この「ネットワーク・ウィーバー」プログラムは、費用も時間もかかりそうです。投資対効果(ROI)はどう考えればよいですか?

A3: 短期的に見れば、特に他セクターへの出向(セカンドメント)などは、確かにコストと時間を要します。しかし、そのROIは長期的かつ多面的に評価すべきです。ROIには以下のものが含まれます。(1) イノベーション機会の獲得: 異分野の知見の結合から生まれる、自社だけでは決して到達し得ない新事業や新技術のシーズ。(2) リスクの低減: 規制変更や市場の動向を早期に察知し、迅速に対応する能力の向上。(3) 採用・リテンション効果: 優秀な人材は、単なる業務ではなく、社会的なインパクトの大きな仕事や成長機会を求めています。このような先進的なプログラムは、企業の魅力を高め、優秀な人材の獲得と定着に貢献します。(4) 強力なアライアンスの形成: プログラムを通じて形成される信頼に基づいた人的ネットワークは、将来のM&Aや資本業務提携など、より強固な企業間連携の礎となります。これは、従来の研修費用とは比較にならない、戦略的投資と位置づけるべきです。

Q4:「弱いつながり」の構築や「構造的空隙」の橋渡しといった活動の効果は、どのように測定できるのですか?

A4: ネットワーク関連の活動効果を定量的に測定することは挑戦的ですが、不可能ではありません。以下のような指標が考えられます。(1) ネットワークの多様性: 育成プログラムの前後で、個人のコンタクトリストに占める異業種・異職種の割合がどれだけ増加したか。(2) 新規提案の源泉: 社内で生まれる新規事業や改善提案のうち、プログラムで得た社外のコンタクトや情報に起因するものの割合。(3) プロジェクト組成のリードタイム: 複数のステークホルダーが関わる複雑なプロジェクトを立ち上げるまでの時間が、どれだけ短縮されたか。また、質的な指標として、プログラム参加者が持ち帰った「新たな視点」や「気づき」に関する定期的なレポートや、彼らがキーパーソンとなって成立させた共同プロジェクトの事例数なども、重要な評価指標となります。

Q5:私の専門は非常に技術的です。ビジネス開発担当者のようになれ、ということですか?

A5: 全ての技術者がビジネス開発のプロになる必要はありません。重要なのはマインドセットの拡張です。優れた技術者は、自らの専門性を深く追求すると同時に、その技術が社会や市場という、より大きなシステムの中でどのような意味を持つのかを理解することが求められます。本プログラムが目指すのは、技術者が金融や政策の「言語」を理解し、ビジネスサイドの人間が技術の「可能性と限界」を理解することで、両者の間に生産的な対話を生むことです。これにより、技術者は自らの研究開発が真に市場で価値を持つための方向性を見出しやすくなり、結果として、その専門性をより効果的に社会実装へとつなげることができます。

Q6:どこから始めればよいですか?企業や政府機関がこの提案を実行に移すための、最初の実践的な一歩は何ですか?

A6: 最も現実的で効果的な第一歩は、小規模なパイロット・プログラムの実施です。例えば、貴社と、日頃から連携の必要性を感じている異業種のパートナー企業(例:製造業と金融機関、エネルギー企業とIT企業)とで、2〜4名ずつの人材を選抜し、本レポートで提案した「モジュール3:越境によるブリッジ構築」と「モジュール4:コンソーシアム・チャレンジ」を組み合わせた、3ヶ月程度の短期集中プログラムを実施することです。具体的な共通課題を設定し(例:「我々の共同出資で設立する再エネファンドの投資基準を作成する」)、互いの組織に人材を交換留学させながら、チームで課題解決にあたります。この小さな成功体験が、プログラムの価値を組織内に証明し、本格展開への道を開く最も確実な方法です。

Q7:このモデルは、EUの「グリーンディール」のような国際的なアプローチとどう比較できますか?

A7: 非常に良い質問です。EUのグリーンディール政策、特に人財育成に関するアプローチは、本提案と多くの点で共鳴しています。EUの「Pact for Skills」や「Just Transition Mechanism」は、まさに官民、労使、教育機関といった多様なステークホルダーの連携(ブリッジ構築)を重視し、スキルギャップを埋めようとする試みです 15。また、国境を越えた労働力移動とスキル育成を組み合わせる「グローバル・スキル・パートナーシップ」構想 21 も、我々の「越境学習」の考え方と軌を一にしています。本提案の独自性は、これらの先進的な国際的アプローチの根底にある思想を、

「構造的空隙」と「弱いつながり」という社会ネットワーク理論の明確なフレームワークで体系化し、個人のコンピテンシーレベルから、具体的な育成プログラム、さらには「GXコンシェルジュ」という制度設計まで、一気通貫のソリューションとして提示している点にあります。EUの先進事例を参考にしつつ、より理論的かつ実践的な形で日本の文脈に最適化したモデル、それが本提案の立ち位置です。

ファクトチェック・サマリー

本レポートの主張と提案の信頼性を担保するため、その根拠となる主要な事実、データ、および学術理論の出典を以下に明示します。

  • 理論的基礎: 本レポートの中心的なフレームワークは、社会学の分野で広く認知されている二つの学術理論に基づいています。一つはマーク・グラノヴェッターの「弱いつながりの強さ」理論(1973年発表)6、もう一つはロナルド・S・バートの「構造的空隙」理論(1992年発表)10 です。これらの理論の応用は、イノベーション研究や経営戦略論において豊富な実績があります。

  • 日本の政策とデータ: 日本の現状分析は、経済産業省が公表しているGXリーグに関する情報、および2025年5月14日に公開された「GXスキル標準 ver2.0」の公式ドキュメントに基づいています 1。また、日本の再生可能エネルギーに関する課題認識は、日本総合研究所や電力広域的運営推進機関(OCCTO)などの信頼性の高い機関が公表した報告書を引用しています 3

  • 国際的なベンチマーク: 海外の先進事例として挙げた施策は、欧州連合(EU)の公式ウェブサイトで公開されている「European Climate Pact」「Pact for Skills」「Just Transition Mechanism」といった実際の取り組みに基づいています 15

  • 主要な統計数値: レポート内で使用した日本の再エネ比率22.4%(2021年)は環境エネルギー政策研究所(ISEP)の推計値であり 11、2030年の目標値40%は経済同友会の提言 4 に基づくなど、検証可能な数値を採用しています。

  • 結論: 本レポートにおける全ての主張と提案は、これらの公開され検証可能な情報源の統合と、システム思考およびネットワーク科学の専門的知見に基づく分析から導出されたものです。


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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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