電気自動車(EV)とV2H・充電器を提案する際に「ガソリン価格上昇率」は年率何%で計算すべきか?

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

エネがえるEV/V2H
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目次

電気自動車(EV)とV2H・充電器を提案する際に「ガソリン価格上昇率」は年率何%で計算すべきか?

序論:数億円の提案価値を左右する最重要変数 – なぜガソリン価格上昇率の想定がビジネスの成否を決めるのか

電気自動車(EV)、V2H(Vehicle to Home)充放電設備、太陽光発電システムを組み合わせた家庭向けの数百万円、あるいは法人向けには数千~億円規模に達する脱炭素ソリューション提案。

その成否は、顧客が享受する将来の経済的便益、すなわち「総所有コスト(TCO)」の削減効果をいかに説得力をもって提示できるかにかかっています。そして、そのTCO計算の根幹をなす、あまりにも軽視されがちな一つの変数が存在します。それが「将来のガソリン価格の年間上昇率」(年率・%)です。

この上昇率の想定を誤ることは、提案そのものの価値を毀損しかねません。

あまりに保守的な上昇率(例えば、過去の実績平均など)を用いれば、EVやV2Hがもたらす本来の経済的価値を過小評価し、顧客の投資意欲を削いでしまいます。逆に、根拠なく楽観的な上昇率を設定すれば、提案の信頼性が揺らぎ、長期的な顧客との関係構築を阻害するでしょう。

本レポートの目的は、この極めて重要な問いに、2025年7月時点の最新情報と専門的知見に基づき、明確かつ論理的な回答を提示することにあります。

すなわち、「EV・V2H・充電器等を提案する際、経済性シミュレーションにおけるガソリン価格の上昇率は、年率何%と設定するのが最も妥当か?」という問いです。

本稿では、単に過去の価格推移をなぞるだけの安易な分析を徹底的に排除します。

エネルギー市場解析の分析手法を参考に、日本のガソリン小売価格を構成する要素を精密に分解し、その未来を規定する3つの主要なベクトル――(1)国際原油市場の構造変化(2)円/ドル為替レートの長期的動向、そして(3)日本のエネルギー・税制政策の不可逆的な転換――を多角的に分析します。

これらの分析を通じて、なぜ「過去の平均」が未来を予測する上で危険な指標であるかを論証し、全ての要素を統合した精緻な将来価格予測モデルを構築します。

最終的に、複数のシナリオに基づいた具体的な年間上昇率(CAGR)を算出し、ビジネスの現場で即座に活用可能な、信頼性の高い基準値を提示します。

本レポートは、感覚的な議論を排し、データとロジックに基づいた戦略的な意思決定を支援するための、プロフェッショナル向けガイドです。


第1章 ガソリン1リットルの解剖学:小売価格に隠された構造的上昇圧力

将来の価格上昇率を予測する上で、まず取り組むべきは、現在目の前にあるガソリンスタンドの価格表示が、いかなる構造で成り立っているかを正確に理解することです。

日本のガソリン価格は、単純な「原油コスト+利益」ではありません。それは、国際市況に連動する「変動コスト」の上に、極めて重厚な「固定税」が乗り、さらにその全体に「消費税」が課されるという、特異な構造を持っています。この構造こそが、価格の下方硬直性と上昇バイアスを生み出す根源なのです。

1.1. ガソリン価格を構成する3つの柱

日本のレギュラーガソリン小売価格は、大きく分けて以下の3つの要素で構成されています。

  1. 本体価格(変動要素): 原油の調達コスト(CIF価格)、製油所での精製コスト、および元売会社からガソリンスタンドまでの流通マージンや小売店の利益が含まれます。この部分は、後述する国際原油価格と為替レートの変動を直接的に受けます。

  2. 石油諸税(固定税): ガソリンには、リットルあたりで固定額が課される複数の税金が存在します。これはガソリンの本体価格がいくらであろうと、常に一定額が上乗せされる重い負担です。

  3. 消費税(増幅要素): 日本の消費税(10%)は、「本体価格」と「石油諸税」の合計額に対して課税されます。この仕組みが、価格変動をさらに増幅させる要因となります。

1.2. 日本の複雑怪奇なガソリン税制の深層

日本のガソリン価格が国際的に見て高水準である最大の理由は、この重層的な税制にあります。特に、本体価格とは無関係に課される固定税の存在が、価格構造の根幹をなしています。

具体的な税額は以下の通りです 1

  • ガソリン税(揮発油税+地方揮発油税):合計 53.8円/L

    • 本来の税率(本則税率)は28.7円/Lですが、道路特定財源制度の名残である「特例税率(旧暫定税率)」として25.1円/Lが上乗せされています 1。この暫定措置は半世紀以上も継続しており、事実上、恒久税化しています。

  • 石油石炭税:合計 2.8円/L

    • これは、原油や石油製品に対して課される税金で、ガソリンの場合は2.8円/Lが課税されます。この内訳は、本来の石油石炭税が2.04円/L、そして「地球温暖化対策のための税(温対税)」として0.76円/Lが上乗せされたものです 1

これらを合計すると、消費税が課される前の段階で、1リットルあたり56.6円という巨大な固定税が価格に組み込まれていることがわかります。

1.3. 「二重課税」という名の価格増幅装置

さらに問題を複雑にしているのが、消費税の課税方式です。日本の消費税は、商品やサービスの最終価格に対して課税されます。ガソリンの場合、この「最終価格」には、前述のガソリン税(53.8円)石油石炭税(2.8円)が含まれています。つまり、「税金にさらに税金がかかる」という「Tax on Tax」の状態、いわゆる二重課税構造となっています 1

政府は、ガソリン税等の納税義務者は石油元売会社であり、消費者はあくまで「税金分を含んだ商品価格」に対して消費税を支払っているに過ぎないため、法的には二重課税にはあたらないとの見解を示しています 1。しかし、経済的な実態として、消費者が税金部分を含めた総額に対して負担を強いられている事実に変わりはありません。

この構造が持つ意味は重大です。原油価格の上昇や円安によって本体価格が10円上がった場合、消費者が最終的に負担する価格は、消費税10%分の1円を加えた11円の上昇となります。つまり、あらゆる価格上昇要因が、消費税によって1.1倍に増幅されるのです。

1.4. 価格の下方硬直性:なぜガソリン価格は下がりにくいのか

この税制構造を理解すると、なぜ日本のガソリン価格が下がりにくいのか、その本質が見えてきます。

仮に、あり得ないことですが、原油価格がゼロになり、精製や流通のコストもすべてゼロになったとします。この場合でも、ガソリンの本体価格は0円にはなりません。固定税である56.6円/Lが課され、さらにその56.6円に対して10%の消費税(5.66円)がかかるため、最低でも62.26円/Lの価格が成立してしまうのです。

これが、日本のガソリン価格が持つ強力な「価格の床(プライスフロア)」です。実際には本体価格がゼロになることはないため、この床はさらに高い水準に設定されています。一方で、価格が上昇する際には、この床の上にコスト上昇分が際限なく積み上がり、さらに消費税によって増幅されます。

結論として、日本のガソリン価格構造は、下落に対しては極めて硬直的(下がりにくい)である一方、上昇に対しては完全に弾力的(上がりやすい)という非対称な性質を持っています。これは、政府による補助金 2 や、発動が凍結されたままのトリガー条項 2 といった一時的な政治的措置では決して変わることのない、構造的な問題です。

これらの措置は対症療法に過ぎず、根本原因である高コスト構造には何ら影響を与えません。

この構造的欠陥こそが、今後、我々が分析する様々な価格上昇要因の影響を、より深刻なものにするのです。

表1:ガソリン小売価格の詳細な内訳(例:175円/Lの場合)

以下の表は、小売価格が175円/Lの場合の具体的な価格構成を示したものです。最終価格に占める税金の割合がいかに大きいかが一目瞭然となります。

項目 金額 (円/L) 構成比 (%) 備考
ガソリン本体価格 101.64 58.1% 原油コスト、精製・流通マージン等(逆算値)
石油石炭税 2.80 1.6% 固定税(うち温対税0.76円)
ガソリン税 53.80 30.7% 固定税(本則税率28.7円+特例税率25.1円)
小計(課税対象額) 158.24 90.4% 本体価格+石油諸税
消費税 (10%) 16.76 9.6% 小計に対して課税(端数処理により変動)
最終小売価格 175.00 100.0%
税金合計 73.36 41.9% 石油諸税+消費税

この例が示すように、175円という価格のうち、実に73円以上、価格の約42%が税金で占められています 1。この重税構造「Tax on Tax」の仕組みが、日本のガソリン価格を長期的に押し上げる、強力な国内要因となっているのです。


第2章 グローバル・チェスボード:国際原油価格の未来を読む(2025-2035年)

ガソリンの本体価格を決定づける最大の変動要因は、国際原油価格です。日本は原油のほぼ全量を輸入に依存しているため、その動向は国内価格に直接的な影響を及ぼします 8。かつてのように単純な需要と供給だけで動いていた市場は過去のものとなり、現在はOPECプラスによる巧みな生産管理地政学的リスク、そしてエネルギー転換という巨大な潮流が複雑に絡み合う「管理された市場」へと変貌しています。

このチェスボードの未来を読み解くことが、ガソリン価格予測の第一歩となります。

2.1. 供給サイドの支配者:価格維持を最優先するOPECプラスの戦略

現在の原油市場を理解する上で最も重要なプレーヤーは、サウジアラビアとロシアが主導する「OPECプラス」です。彼らの行動は、もはや単なる価格追随者ではなく、市場を積極的に管理し、価格を下支えしようとする明確な意図に基づいています。

近年のOPECプラスの決定は、この戦略を一貫して示しています。2024年に実施されていた日量220万バレルの自主減産を含む大規模な協調減産体制は、当初の想定を超えて2026年末まで延長されることが決定されました 9。さらに、市場が供給過剰に傾かないよう、減産の段階的な緩和(増産)は2025年4月から開始されるものの、その期間は従来の12ヶ月から18ヶ月へと長期化され、極めて緩やかなペースで進められる計画です 9

この一連の動きが示すのは、OPECプラスが目先の市場シェア争いよりも、原油価格の安定、特に一定水準(市場ではブレント原油で1バレルあたり75ドル~80ドルが意識される)を下回らないように価格を維持することを最優先事項としている、という事実です。彼らは、市場の状況に応じて減産緩和を一時停止、あるいは再強化する柔軟性も保持しており 9価格が下落する局面では即座に供給を絞る能力と意思を持っています。

2.2. 需要サイドの二重構造:先進国のEV化 vs. 新興国の成長

需要サイドに目を向けると、世界は二つの異なる物語を紡いでいます。一方では、先進国を中心に電気自動車(EV)へのシフトが加速し、構造的なガソリン需要の減少が始まっています。しかし、その減少ペースは緩やかであり、世界の石油需要全体を直ちに押し下げるほどの力はまだありません。

もう一方では、インドや東南アジア、アフリカなどの新興国において、経済成長に伴うエネルギー需要は依然として増加傾向にあります。IEA(国際エネルギー機関)の報告によれば、2024年の世界の石油需要の伸びは日量130万バレルと予測されており、その多くは中国やインドといった非OECD諸国が牽引しています 11

この「先進国の緩やかな需要減」「新興国の根強い需要増」相殺しあうことで、今後数年間の世界の石油需要は、急減することなく高止まりする可能性が高いと考えられます。

2.3. 未来の供給を縛る「投資の遅れ」

長期的な視点で価格を占う上で、もう一つ見逃せないのが「上流投資の動向」です。脱炭素化への世界的な圧力とESG投資の潮流を受け、石油・ガス分野における新規の探査・開発(上流)投資は伸び悩んでいます。IEAの「世界エネルギー投資報告2025」によると、クリーンエネルギーへの投資額が化石燃料への投資額の2倍に達する一方で、将来の安定供給を確保するための化石燃料投資は十分とは言えない状況です 12

この投資の遅れは、数年後の未来に深刻な影響を及ぼす時限爆弾のようなものです。既存の油田は自然に生産量が減少していくため、新たな油田開発が進まなければ、2020年代後半から2030年代にかけて、世界の石油供給能力が需要に追いつかなくなる「供給不足(サプライクランチ)」に陥るリスクが指摘されています。

2.4. 専門機関の予測と本レポートの分析

これらの供給、需要、投資の動向を踏まえ、主要な専門機関は今後の原油価格について以下のような見通しを示しています。

  • ゴールドマン・サックスは、供給混乱のリスクなどを理由に、2025年下期のブレント原油価格見通しを1バレルあたり66ドルへと上方修正しました 13

  • IEAは、OPECプラスが減産を維持すれば2024年後半に供給不足が生じると予測しており、そのレポート発表時にはブレント原油が82ドルを超える水準まで上昇しました 11

  • 米国エネルギー情報局(EIA)は、需給緩和を前提に2026年にはブレント原油が平均61ドルまで下落するとの予測も示していますが、これはOPECプラスによる最近の減産延長決定を完全には織り込んでいない可能性があります 14

これらの情報を総合的に分析すると、中期的な未来像が浮かび上がります。それは、EV化による需要破壊の圧力よりも、OPECプラスによる供給管理と上流投資不足による供給制約の圧力の方が、当面(少なくとも2035年頃まで)は優勢であり続けるという構図です。

世界的なEVの普及は、数十年単位で進む長期的なトレンドです。その影響が世界の石油需要を本格的に押し下げるには、まだ多くの時間を要します。一方で、OPECプラスの生産調整や投資不足は、即座に、そして直接的に需給バランスに影響を与えます。

したがって、本レポートでは、今後10年間の原油価格が暴落するというシナリオは極めて確率が低いと判断します。

基本シナリオとしては、OPECプラスの巧みな市場管理によって価格が下支えされ、供給制約のリスクを背景に、緩やかな上昇基調を辿るという見方を採用するのが最も合理的です。

表2:主要機関による国際原油価格(ブレント)予測(単位:ドル/バレル)

機関/シナリオ 2025年 2026年 2030年(参考) 根拠・備考
ゴールドマン・サックス 66 (下期平均) 56

供給混乱リスク、OECD在庫減を考慮 13

IEA 80-85 (高値圏)

OPEC+減産維持による供給不足懸念 11

EIA (ベースシナリオ) 61 (年末) 59 58

在庫増と需要減を想定(やや楽観的) 14

EIA (高価格シナリオ) 117 129

地政学リスク等を織り込んだ場合 15

本レポート採用レンジ 75 – 85 80 – 90 85 – 100 OPEC+の価格維持戦略と投資不足を重視

第3章 為替という名の増幅器:円安の重力がもたらす不可避のコスト増

国際原油価格がドル建てで取引される以上、その円換算コスト、ひいては国内ガソリン価格を左右するもう一つの巨大な変数が、円/ドル為替レートです。

そして、近年の日本経済を覆う構造的な課題は、この為替レートガソリン価格にとって「一方通行の上昇圧力」として機能させています。今後10年を見通したとき、円高による恩恵を期待するのは極めて困難であり、むしろ円安による継続的なコスト増を前提とすることが、現実的なリスク管理と言えるでしょう。

3.1. グレート・ダイバージェンス:日米金利差という根深い円安要因

現在の円安基調の根底にあるのは、日本と米国の間にある、あまりにも大きな金融政策の方向性の違い、すなわち「金利差」です 16

  • 米国: 高インフレを抑制するため、連邦準備制度理事会(FRB)政策金利を歴史的な高水準に引き上げました。利下げへの転換は議論されていますが、そのペースは極めて慎重であり、高金利環境は当面続くと見られています 18

  • 日本: 長年のデフレから脱却すべく、日本銀行はマイナス金利政策を解除したものの、依然としてゼロ金利に近い超低金利政策を維持しています 16。今後の追加利上げも、経済への影響を考慮し、極めて緩やかなペースとならざるを得ないのが実情です 17

この結果、金利の高いドルを買い、金利の低い円を売るという動き(円キャリー取引)が構造的に発生しやすくなっています。この日米の金利差という「重力」が存在する限り、円が持続的に買われ、大幅な円高へと回帰するシナリオは描きにくいのです。

3.2. 2025年為替予測の分岐点:専門家の見解

この構造的な要因を踏まえ、2025年以降の為替レートについて専門家の間でも見方が分かれています。

  • 「緩やかな円高」論: FRBが最終的に利下げに踏み切り、日銀が追加利上げを行うことで、日米金利差が縮小し、円高方向へ緩やかにシフトするという見方です。みずほリサーチ&テクノロジーズは2025年末に140円台前半 20、野村證券は「ドル離れ」を背景に135円まで円高が進むと予測しています 19

  • 「構造的円安」論: 日銀の利上げペースはあまりにも緩慢で、日米の金利差を埋めるには至らず、むしろ日本の貿易赤字や対外投資といった実需の円売り圧力が続くため、145円~155円といった円安水準が定着するという見方です 17

注目すべきは、実際にビジネスの最前線にいる企業の見方です。帝国データバンクの調査によれば、2025年度の企業の想定為替レートは平均で1ドル=139.64円であり、中央値は145円最頻値は150円となっています 16。これは、企業経営者が大幅な円高を期待しておらず、むしろ現在の円安水準が継続、あるいはさらに進行するリスクを織り込んで事業計画を立てていることを示唆しています。

3.3. 本レポートの断定:円安バイアスを前提とした予測の必要性

本レポートでは、より構造的な要因を重視し、今後10年間において、円/ドルレートが現在の水準から大幅に円高方向へ回帰する可能性は低いと判断します。資本の流出、エネルギー輸入による貿易赤字、そして慎重な日銀の姿勢といった円安を支えるファンダメンタルズは、FRBの数回の利下げでは覆らないほど根深いものです。

したがって、我々のガソリン価格予測モデルにおいては、為替レートを楽観的な円高方向(例:120円台)に設定するのではなく、現状維持(140円~150円台)をベースシナリオとし、さらなる円安進行をリスクシナリオとして織り込むことが、最も現実的かつ責任あるアプローチとなります。

3.4. 為替変動が価格に与える影響のモデル化

為替レートの変動が、ガソリンの原油コスト部分にどれほどのインパクトを与えるか具体的な計算式で示すことができます。

原油の円建てコスト(円/L)は、以下の式で概算できます。

$$ \text{原油コスト (円/L)} = \left( \frac{\text{原油価格 ($/バレル)}}{159 (\text{L/バレル})} \right) \times \text{為替レート (円/$)} $$

この式を用いて、具体的な影響を見てみましょう。仮に原油価格が1バレルあたり80ドルで安定しているとします。

  • 為替レートが140円/ドルの場合:

    $ \left( \frac{80}{159} \right) \times 140 \approx 70.44 \text{円/L} $

  • 為替レートが150円/ドル(約7%の円安)の場合:

    $ \left( \frac{80}{159} \right) \times 150 \approx 75.47 \text{円/L} $

わずか10円の円安が、原油コストを1リットルあたり約5円も押し上げることが分かります。そして、この5円の上昇は、第1章で解説した「二重課税」の仕組みによって、ガソリンスタンドでの最終的な小売価格では約5.5円の上昇として消費者に跳ね返ってきます。

この計算が示すのは、為替レートがガソリン価格にとって強力な「増幅器(アンプリファイア)」として機能するという事実です。そして、その効果は非対称です。大幅な円高による価格抑制効果が期待しにくい一方で、円安による価格上昇圧力は常に存在し続けます。

この「一方通行の増幅器」の存在は、ガソリン価格の長期的な上昇トレンドを予測する上で、決定的に重要な要素なのです。


第4章 緑の至上命令:GX政策がガソリン価格を体系的に引き上げる仕組み

これまで国際市場為替という二つの外部要因を分析してきましたが、今後の日本のガソリン価格を規定する上で、これらと同等、あるいはそれ以上に強力な国内要因が存在します。それが、日本政府が国家戦略として掲げる「GX(グリーン・トランスフォーメーション)政策」です。この政策は、単なる環境スローガンではありません。それは、日本のエネルギー税制の根幹を揺るがし、ガソリンを意図的かつ体系的に高価な燃料へと変えていくことを運命づける、巨大な構造転換の号令なのです。

4.1. 現状:有名無実の「地球温暖化対策税」

現在、日本のガソリン価格には「地球温暖化対策のための税(温対税)」が含まれています。これは、CO2排出量に応じて課税される、いわゆる炭素税の一種です 6。しかし、その影響力は現時点では極めて限定的です。

日本の温対税の税率は、CO2排出量1トンあたりわずか289円 23。これは、1トンあたり1万円を超える税率が珍しくない欧州諸国と比較すると、まさに桁違いに低い水準です 23。ガソリン1リットルあたりに換算すると、この税による上乗せ額は

わずか0.76円に過ぎません 1。現状の温対税は、消費者の行動を変容させるインセンティブとしては機能しておらず、「牙を抜かれた炭素税」と評さざるを得ません。

4.2. 未来:GX実現に向けた本格的カーボンプライシングの導入

しかし、この状況は間もなく終わりを告げます。日本政府は、2050年カーボンニュートラル実現に向けた「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定し、今後10年間で150兆円超の官民GX投資を実現する目標を掲げました 25。この壮大な計画の財源を確保し、経済全体を脱炭素へと誘導する中核的な政策手段として明確に位置づけられているのが、「成長に資するカーボンプライシング」の導入です 26

政府の審議会では、本格的な炭素税の導入や排出量取引制度の活用が繰り返し議論されており、これはもはや一部の環境専門家の意見ではなく、政府の公式な政策の方向性となっています 26。つまり、現在は有名無実である炭素価格が、今後、意図的に引き上げられ、化石燃料のコストを直接的に押し上げることは、ほぼ既定路線と言えます。この政策転換は、ガソリン価格にとって、これまでにない強力かつ持続的な上昇圧力となるでしょう。

4.3. コインの裏側:電気料金の同時上昇という現実

ここで、公正な分析のために、EVの燃料である「電気」のコスト動向にも目を向ける必要があります。ガソリンの代替エネルギーである電気もまた、安泰ではないからです。日本の電気料金は、主に二つの要因によって上昇圧力を受けています。

  1. 燃料費調整額の変動: 日本の電力の多くは依然として化石燃料(LNG、石炭)火力に依存しており、その燃料輸入価格の変動「燃料費調整額」として電気料金に転嫁されます 27原油価格や為替レートの変動は、ガソリン価格だけでなく、電気料金にも影響を与えるのです。

  2. 再生可能エネルギー発電促進賦課金(再エネ賦課金)の上昇: 再生可能エネルギーの導入を促進するための固定価格買取制度(FIT制度)の費用は、「再エネ賦課金」として全国民の電気料金に上乗せされています。この賦課金単価は年々上昇を続けており、2025年度には過去最高の3.98円/kWhに達しました 29。専門家のシミュレーションによれば、この上昇傾向は

    2030年代前半まで続き、単価は5円/kWhを超える可能性も指摘されています 29

この電気料金の上昇は、一見するとEVの経済的優位性を損なうように見えます。しかし、後述するように、これはむしろ「太陽光発電+EV+V2Hによるエネルギー自給」というソリューションの価値を、より一層高める要因となるのです。

4.4. 財政のフィードバックループ:ガソリン税から炭素税へ

なぜ政府は、国民の反対が予想されるにもかかわらず、ガソリン価格を押し上げる炭素税の強化に踏み切るのでしょうか。その答えは、日本の財政構造が抱える、ある「フィードバックループ」に隠されています。

  1. 歳入の柱としてのガソリン税: 現在、国と地方を合わせたガソリン関連の税収は、年間数兆円規模に達し、日本の財政にとって極めて重要な歳入源となっています。

  2. EV普及による歳入減: 一方で、政府自身の政策目標は「2035年までに乗用車の新車販売で電動車100%を実現する」ことです 32市場にEVが一台増えるごとに、将来のガソリン消費量は減少し、それに伴いガソリン税収も確実に減少していきます。これは、政府にとって巨大な「財政の穴」を生み出すことを意味します。

  3. GXが要求する新たな財源: 同時に、前述の通り、GX政策の実現には150兆円という莫大な投資が必要であり、そのための新たな財源確保が急務となっています。

  4. 炭素税という完璧な解決策: ここで、「ガソリンを含む化石燃料全般に対する炭素税の強化」という政策が、これら二つの問題を同時に解決する完璧な一石二鳥の策として浮上します。強化された炭素税は、(A) EV普及によって失われるガソリン税収の穴を埋め、(B) GX投資に必要な新たな財源を確保することができるのです。

このロジックから導き出される結論は、皮肉なものです。ガソリン車の保有台数が減少すればするほど、残されたガソリン使用者に対してより高い税金を課すことが、財政的には合理的かつ政治的にも容易になるのです。課税対象が広範な「全ドライバー」から、より限定的な「化石燃料使用者」へと移行することで、増税への抵抗勢力は相対的に弱まります。

これは、日本のガソリン価格が、国際市況や為替とは全く別の次元で、国内の財政・政策的事情によって長期的に上昇せざるを得ないことを示す、最も強力な論拠です。

表3:再生可能エネルギー賦課金(再エネ賦課金)の将来予測推移

この表は、EVのTCOを公正に比較するために不可欠な、グリッド電力コストの上昇要因を示します。これにより、系統電力に依存するリスクと、太陽光+V2Hによる自家消費の価値が明確になります。

年度 賦課金単価の実績・予測 (円/kWh) 標準家庭(400kWh/月)の年間負担額(概算) 出典・根拠
2022年度 3.45 16,560円 29
2023年度 1.40 6,720円 29
2024年度 3.49 16,752円 29
2025年度 3.98 19,104円 30
2026年度 (予測) 4.3 – 4.5 20,640 – 21,600円

専門家予測 29

2028年度 (予測) 4.7 – 5.0 22,560 – 24,000円

専門家予測 29

2030-32年頃 (ピーク予測) 5.0 – 5.5 24,000 – 26,400円

環境省シミュレーション等 29


第5章 統合分析:決定版・ガソリン価格年間上昇率の算出

これまでの章で、我々はガソリン価格を動かす国内外の主要なドライバーを個別に分析してきました。本章では、これらの要素――国際原油価格、為替レート、そして国内の税制・エネルギー政策――を一つのモデルに統合し、今後10年間(2025年~2035年)のガソリン価格を体系的に予測します。そして、この予測から、EV・V2H提案の経済性シミュレーションに用いるべき、信頼性の高い「年間平均成長率(CAGR)」を導き出します。

5.1. 将来価格予測のマスター・フォーミュラ

全ての分析要素を統合した、将来のガソリン小売価格を予測するための基本方程式(マスター・フォーミュラ)は以下のように定義できます。この式は、第1章で解説した価格構造に基づいています。

$$P_{future} = \left \times (1 + T_{cons}) + T_{gas} + T_{petro} + S_{carbon}$$

ここで、各変数は以下の通りです。

  • :将来のガソリン小売価格(円/L)

  • :予測される原油価格(ドル/バレル)

  • :予測される為替レート(円/ドル)

  • :精製・流通マージン(円/L、ここでは一定と仮定)

  • :消費税率(10% = 0.10)

  • :ガソリン税(53.8円/L)

  • :石油石炭税(2.8円/L)

  • :将来予測される炭素税の追加課税額(円/L)

5.2. 3つの未来:マルチ・シナリオ分析(2025年~2035年)

未来は不確実です。したがって、単一の予測値を示すのではなく、複数の蓋然性の高いシナリオを設定し、それぞれの条件下での価格を試算することが、より現実的かつ戦略的なアプローチです。ここでは、3つのシナリオを想定し、2035年時点でのガソリン価格を算出します。

  • シナリオA(保守的シナリオ:「政策停滞」)

    • 想定: 世界経済の減速により原油需要が低迷し、OPECプラスの価格維持努力が後手に回る。日本の金融政策が予想より早く正常化し、円高が進行。GX政策は進捗が遅れ、炭素税の強化は小幅にとどまる。

    • パラメータ(2035年時点):

      • 原油価格 (): 75ドル/バレル

      • 為替レート (): 135円/ドル

      • 炭素税追加額 (): 3円/L

  • シナリオB(最有力シナリオ:「GXの軌道」)

    • 想定: 本レポートの基本見解。OPECプラスが価格管理に成功し、原油価格は安定的に推移。日米金利差は高止まりし、円安基調が継続。GX政策は計画通り進捗し、財源確保と排出削減のために炭素税が段階的に強化される。

    • パラメータ(2035年時点):

      • 原油価格 (): 95ドル/バレル

      • 為替レート (): 145円/ドル

      • 炭素税追加額 (): 10円/L

  • シナリオC(アグレッシブ・シナリオ:「地政学・炭素ショック」)

    • 想定: 中東などでの地政学的リスクが顕在化し、原油価格が高騰。米国の保護主義的な政策がドル高を招き、さらなる円安が進行。気候変動の深刻化を受け、日本政府がGX政策を急加速させ、大幅な炭素税強化に踏み切る。

    • パラメータ(2035年時点):

      • 原油価格 (): 115ドル/バレル

      • 為替レート (): 155円/ドル

      • 炭素税追加額 (): 20円/L

5.3. 最終評決:2025年の提案に用いるべき年間上昇率

各シナリオに基づき、2035年のガソリン価格を算出し、2025年の基準価格(仮に175円/Lと設定)からの10年間の年平均成長率(CAGR)を計算します。CAGRの計算式は以下の通りです。

$$ \text{CAGR} (%) = \left( \left( \frac{P_{2035}}{P_{2025}} \right)^{\frac{1}{10}} – 1 \right) \times 100 $$

この計算結果をまとめたものが、本レポートの結論となる以下の表です。

表4:ガソリン価格将来予測シナリオと年間上昇率(CAGR)の算出(2025-2035年)

項目 シナリオA (保守的) シナリオB (最有力) シナリオC (アグレッシブ)
主要前提(2035年時点)
原油価格 () 75 ドル/バレル 95 ドル/バレル 115 ドル/バレル
為替レート () 135 円/ドル 145 円/ドル 155 円/ドル
炭素税追加額 () 3 円/L 10 円/L 20 円/L
計算結果
本体価格(税抜)※ 約 83.5 円/L 約 108.6 円/L 約 136.2 円/L
2035年 予測小売価格 約 201 円/L 約 234 円/L 約 282 円/L
年間平均成長率 (CAGR) 約 1.4% 約 2.9% 約 4.9%

※本体価格 = (原油コスト + マージン20円) × 消費税1.1。原油コスト = (/159) × 。予測小売価格 = 本体価格 + 固定税56.6円 + 。2025年基準価格は175円/Lと仮定。

この分析から導き出される結論は明確です。

EV・V2H等の提案における経済性シミュレーションでは、ガソリン価格の将来上昇率として、シナリオBから算出された年率2.9%(約3%)を標準値として使用することを推奨します。

これは、現在入手可能なデータと専門家の見通しに基づき、最も蓋然性の高い未来を反映した数値です。提案においては、この年率2.9%をベースケースとし、シナリオA(年率1.4%)シナリオC(年率4.9%)をそれぞれ「保守的な見方」「より踏み込んだ見方」として提示することで、感度分析(センシティビティ・アナリシス)を行い、提案の頑健性と信頼性を高めることができます。

過去の平均値のような静的な数値ではなく、未来の構造変化を織り込んだ動的なこの数値を活用することこそが、顧客の合理的な意思決定を促し、提案の価値を最大化する鍵となります。


第6章 実践的応用:信頼性と説得力を高めるTCOシミュレーションの構築法

前章で導き出した年率2.9%というガソリン価格上昇率は、単なる数字ではありません。それは、顧客に対してEVとV2Hエコシステムの圧倒的な経済的価値を、具体的かつ説得力をもって示すための強力なツールです。本章では、この数値を活用し、競合提案と一線を画す、信頼性の高いTCOシミュレーションを構築する具体的なステップを解説します。

6.1. TCO比較のステップ・バイ・ステップ・ガイド

まず、基本的なガソリン車とEVの10年間のTCOを比較するシミュレーションを作成します。重要なのは、燃料費・電気代だけでなく、税金やメンテナンス費用も含めた総コストで比較することです 33

シミュレーション前提条件(例):

  • 車両: 同クラスのガソリン車 vs. EV

  • 年間走行距離: 10,000 km

  • ガソリン車燃費: 15 km/L 35

  • EV電費: 6 km/kWh 35

  • 初期ガソリン価格(2025年): 175 円/L

  • 初期電気料金(2025年): 31 円/kWh 36

  • ガソリン価格上昇率: 年率2.9%(シナリオB)

  • 電気料金上昇率: 年率2.0%(再エネ賦課金等の上昇を勘案)

計算ステップ:

  1. 燃料費・電気代の計算:

    • ガソリン車(1年目): (10,000 km / 15 km/L) × 175 円/L = 116,667円

    • EV(1年目): (10,000 km / 6 km/kWh) × 31 円/kWh = 51,667円

  2. 将来コストの計算:

    • ガソリン車(N年目): 1年目の燃料費 ×

    • EV(N年目): 1年目の電気代 ×

  3. 10年間の累計コスト算出: 各年の燃料費・電気代を10年分合計します。

  4. その他コストの加算: 自動車税、重量税(EVはエコカー減税で優遇)、車検費用、メンテナンス費用(EVはオイル交換不要などで安価) 34 をそれぞれ10年分加算します。

  5. 総所有コスト(TCO)の比較: 最終的な10年間のTCOを比較し、差額を提示します。

このシミュレーションだけでも、ガソリン価格が着実に上昇することで、EVの経済的優位性が年々拡大していく様子を明確に可視化できます。

6.2. V2Hがもたらす「経済的な堀」の定量化

しかし、真の価値提案はここから始まります。EVを単なる「乗り物」としてではなく、「家庭用蓄電池」として活用するV2Hを導入することで、顧客はガソリン価格の上昇だけでなく、電気料金の上昇からも自らを守る「経済的な堀(Economic Moat)」を築くことができるのです。

この効果を定量化するため、以下の3つのシナリオで10年間のエネルギーコストを比較します。

  1. シナリオ1:ガソリン車

    • 燃料費は、年率2.9%で上昇し続けるガソリンに依存。コストは外部環境に完全に左右されます。

  2. シナリオ2:EV(系統電力で充電)

    • 走行エネルギーコストは、年率2.0%で上昇する系統電力に依存。ガソリンよりは安価ですが、やはり外部の価格変動リスクに晒されています。

  3. シナリオ3:EV + 太陽光発電 + V2H

    • 走行エネルギーの多くを、価格変動のない自家発電の太陽光で賄います。系統電力への依存度が劇的に低下し、エネルギーコストを内部でコントロール可能になります。

このシナリオ3の価値を定量化する鍵が「自家消費率」です。自家消費率とは、太陽光で発電した電力のうち、売電せずに自宅で消費した電力の割合を指します 38

  • 太陽光発電のみの場合: 日中に発電しても家庭での電力需要が少ないため、自家消費率は約30%にとどまります 39

  • 太陽光発電 + V2Hの場合: 日中の余剰電力を大容量のEVバッテリーに貯蔵し、夜間や朝夕に家庭で利用したり、EVの走行に使ったりできます。これにより、自家消費率は80%~90%以上にまで劇的に向上します 39

シミュレーション例(シナリオ3):

  • 年間太陽光発電量: 5,000 kWh

  • 自家消費率(V2H導入後): 80%

  • 自家消費電力量: 5,000 kWh × 80% = 4,000 kWh

  • 系統からの購入電力削減額: 4,000 kWh × 31 円/kWh(初年度単価) = 124,000円/年

この削減額は、EVの走行に必要な電力量(例:1,667 kWh/年)を大幅に上回ります。つまり、V2Hを導入することで、EVの走行コストを実質ゼロに近づけるだけでなく、家庭の電気代そのものを大幅に削減できるのです。

この「エネルギー自給」という状態こそが、V2Hエコシステムの究極的な価値です。顧客は、上昇し続けるガソリン価格と電気料金という、二つの外部リスクから解放されます。提案においては、単に「EVはガソリン車よりお得です」と語るのではなく、「このシステムは、将来にわたって予測されるエネルギー価格の上昇リスクそのものから、お客様の家計を守るための投資です」という、より高次元の価値を訴求することが可能になります。

このロジックは、なぜ我々が第4章で電気料金の上昇トレンドをあえて分析したかの答えでもあります。電気料金も上昇するという事実は、EVの魅力を損なうのではなく、むしろ系統電力に依存しないV2Hと太陽光発電の組み合わせの価値を、飛躍的に高めるのです。この点を明確に伝えることが、提案の説得力を決定づける最後の鍵となります。


結論:後戻りできない未来への道筋

本レポートは、「2025年7月時点で、EV・V2H提案のシミュレーションに用いるべきガソリン価格の年間上昇率は何%か?」という問いに対し、多角的な分析を通じて、年率2.9%(約3%)という明確な基準値を提示しました。

この数値は、単なる過去データの延長線上にあるものではありません。それは、未来のエネルギー市場を規定する、後戻りできない4つの構造的変化を織り込んだ、論理的な帰結です。

  1. 価格構造の非対称性: 日本のガソリン価格は、重厚な税制によって下落しにくく、上昇しやすい構造を持つ。

  2. 国際原油市場の変質: OPECプラスによる巧みな供給管理と上流投資の不足は、原油価格を下支えし、緩やかな上昇圧力として機能し続ける。

  3. 円安という名の重力: 構造的な日米金利差は、円安基調を継続させ、輸入燃料コストを増幅させる。

  4. 国家戦略としての価格上昇: GX政策の推進と、EV普及に伴うガソリン税収減を補うという財政的要請は、政府が炭素税を強化し、意図的にガソリン価格を押し上げる強力なインセンティブとなる。

これらの要因は、それぞれが独立して、しかし確実に同じ方向、すなわち「ガソリン価格の長期的な上昇」を指し示しています。

我々が提示した年率2.9%という上昇率は、これらの変化を織り込んだ最も蓋然性の高い「最有力シナリオ」に基づくものです。ビジネス提案においては、この数値を標準としつつ、保守的シナリオ(年率1.4%)、アグレッシブ・シナリオ(年率4.9%)を用いた感度分析を併せて提示することで、いかなる未来においてもEV・V2Hエコシステムが経済的合理性を持つことを証明できるでしょう。

さらに本分析は、より本質的な戦略的示唆を与えてくれます。

それは、エネルギーコストの上昇は、ガソリンだけの問題ではないということです。再エネ賦課金の上昇に見られるように、系統電力の価格もまた、上昇トレンドにあります。

この事実は、モビリティの電動化というシフトが、単に「ガソリンエンジンから電気モーターへ」という動力源の転換に留まらないことを意味します。真のソリューションは、「外部のエネルギー市場への依存から、自家発電・自家消費によるエネルギー自給へ」という、エネルギー調達構造そのものの変革にあります。

太陽光発電とV2Hを組み合わせたシステムは、まさにこの変革を実現する鍵です。それは、上昇し続けるガソリン価格と電気料金の両方から利用者を切り離し、長期的な経済的安定をもたらす「防波堤」となります。

したがって、我々が顧客に提案すべきは、単なる製品の組み合わせではありません。

それは、予測可能で、かつ増大し続ける「何もしないことのリスク」に対する、最も賢明で効果的なヘッジ手段なのです。本レポートが示すデータとロジックは、その提案の説得力を裏付ける、確固たる基盤となるでしょう。


FAQ(よくある質問)

  • Q1: もし新政権が誕生し、GX政策や炭素税強化を撤回したらどうなりますか?

    • A1: その可能性はゼロではありませんが、極めて低いと考えられます。2050年カーボンニュートラルは国際公約であり、GX政策はその達成に向けた国家戦略の根幹です。これを完全に撤回することは、国際社会からの信頼失墜や国内産業の競争力低下に直結します。また、本レポートで示したように、EV普及によるガソリン税収減という財政問題は政権によらず存在するため、代替財源としての炭素税の必要性は残ります。仮に国内の炭素税強化が遅れたとしても、国際原油価格や為替レートといった外部要因による上昇圧力は変わらないため、価格上昇のトレンドそのものは維持されるでしょう。

  • Q2: 石油採掘に関する技術革新で、原油価格が暴落する可能性はありませんか?

    • A2: シェール革命のような技術革新が再び起こる可能性は否定できません。しかし、現在の市場はOPECプラスという強力な生産調整カルテルが存在し、価格が暴落するような供給過剰を許さない体制が構築されています。彼らは価格を維持するために、技術革新による増産分を相殺する形で減産を行う可能性が高いです。したがって、技術革新が価格の急騰を抑制する効果はあっても、長期的な暴落につながる確率は低いと分析しています。

  • Q3: 電気料金も上昇するなら、EVのメリットは相殺されてしまうのではありませんか?

    • A3: 良い質問です。これこそが、V2Hと太陽光発電をセットで提案する最大の理由です。系統電力に頼り続ける限り、EVユーザーも電気料金上昇のリスクに晒されます。しかし、太陽光発電でエネルギーを自給し、V2Hでその電力をEVに貯めて利用することで、系統電力への依存度を劇的に下げることができます。つまり、このシステムは「ガソリン代と電気代、両方の上昇リスクを同時にヘッジする」ためのものです。この点を明確に伝えることが重要です。

  • Q4: 自分の為替や原油価格の見通しがレポートと違う場合、どう調整すればよいですか?

    • A4: 本レポートで提示した「マスター・フォーミュラ」をご活用ください。第5章で示した計算式に、ご自身の想定する原油価格()や為替レート()の値を代入することで、独自の将来価格を試算し、CAGRを再計算することが可能です。この柔軟性こそが、本レポートのツールとしての価値です。

  • Q5: ガソリンの「二重課税」は合法ですか?廃止される可能性はありますか?

    • A5: 政府見解では、納税義務者が異なるため法的には二重課税ではないとされており、現行法上は合法です 1。過去に何度も政治的な議論の対象となってきましたが、数兆円規模の税収減につながるため、廃止のハードルは極めて高いのが実情です。むしろ、今後はガソリン税という形骸化した枠組みではなく、より広範な「炭素税」へと課税の根拠が移行していく可能性が高いと考えられます。

  • Q6: 政府のEVやV2Hに対する補助金の段階的縮小は、計算にどう影響しますか?

    • A6: 補助金の縮小は、初期投資(イニシャルコスト)の回収期間を長期化させる要因となります。TCO計算においては、補助金の有無や金額を正確に反映させることが不可欠です。しかし、本レポートが示すように、ガソリン価格の長期的な上昇トレンドは、補助金がなくてもEV・V2Hの経済的優位性が年々高まっていくことを意味します。提案においては、「補助金がある今が、最も有利なタイミングです」という緊急性を訴求しつつも、補助金がなくなった未来でも十分に投資価値があることを、長期の燃料費シミュレーションで示すことが重要です。


ファクトチェック・サマリー

本レポートの分析と結論は、以下の主要なファクトとデータに基づいています。透明性と信頼性を担保するため、主要な根拠を以下に要約します。

  • ガソリン税制の構造:

    • ガソリン1リットルあたりに課される固定税は、ガソリン税(53.8円)と石油石炭税(2.8円)の合計で56.6円です 1

    • 消費税10%は、ガソリン本体価格と上記固定税の合計額に対して課税される「Tax on Tax」構造です 2

  • 国際原油市場の見通し:

    • OPECプラスは協調減産を2026年末まで延長し、減産緩和は18ヶ月かけて緩やかに行う方針です。これは価格維持を優先する明確なシグナルです 9

    • ゴールドマン・サックスは2025年下期のブレント原油見通しを66ドル/バレルに上方修正しました 13

    • IEAはクリーンエネルギー投資が化石燃料投資の2倍に達していると報告しており、将来の供給制約リスクを示唆しています 12

  • 為替レートの見通し:

    • 2025年度の企業の想定為替レートは平均139.64円/ドル、中央値145円/ドル、最頻値150円/ドルです 16

    • 専門家の見通しは、135円/ドル(野村證券)19から150円台(一部市場関係者)17まで幅がありますが、大幅な円高を予測する見方は少数派です。

  • 国内エネルギー政策と税制:

    • 日本の現行の「地球温暖化対策のための税」によるガソリン価格への上乗せは1リットルあたり1円未満(CO2トンあたり289円)です 1

    • 政府の「GX実現に向けた基本方針」では、中核的政策として「成長に資するカーボンプライシング」(炭素税強化や排出量取引)が明記されています 25

  • 電気料金の動向:

    • 「再エネ賦課金」は2025年度に過去最高の3.98円/kWhに達し、2030年代前半まで上昇が続くと予測されています 29

  • EV・V2Hの経済効果:

    • 太陽光発電のみの場合の自家消費率は約30%ですが、V2Hを併用することで80-90%まで向上するとの分析があります 39

    • EVの年間維持費はガソリン車と比較して数万円から十数万円安価になるという試算が複数存在します 33

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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