NASA原子力発電「Fission Surface Power」が拓く宇宙開発と地球の未来

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

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エネがえるキャラクター
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目次

NASA原子力発電「Fission Surface Power」が拓く宇宙開発と地球の未来

Part 1: アルテミス世代の発電所 – Fission Surface Power Systemへの序章

1.1 新たな月面時代の夜明け:持続可能な電力という至上命題

人類が再び月を目指すアルテミス計画は、単なる短期的な探査ミッションの繰り返しではありません。それは、月面に持続可能な拠点を築き、火星へと向かうための恒久的な足がかりを構築するという、宇宙開発のパラダイムシフトを意味します 1。アポロ計画の「旗と足跡」の時代から、人類が宇宙で暮らし、働き、資源を活用する「定住」の時代へ。この壮大なビジョンを実現するためには、避けては通れない根源的な課題が存在します。それが、エネルギーの確保です。

月面の環境は、エネルギー供給にとって極めて過酷です。特に、地球時間で約14.5日間に及ぶ「夜」の存在は、太陽光発電にとって致命的な制約となります 3。この長い闇の間、生命維持装置、通信システム、科学実験装置、そして将来の資源生産プラントを維持するための電力供給が途絶えれば、月面基地の構想そのものが成り立ちません。さらに、月の極域に存在し、水氷などの貴重な資源が眠るとされる「永久影クレーター(Permanently Shadowed Regions, PSRs)」は、その名の通り太陽光が一切届かないため、太陽光発電は選択肢にすらなりません 4

この「エネルギーのボトルネック」こそ、アルテミス計画が直面する最大の技術的障壁の一つでした。この根本問題を解決し、人類の活動領域を月面のどこへでも、そしていつでも広げるために開発が進められているのが、NASAの核分裂水上動力(Fission Surface Power, FSP)システムです。FSPは、単なる発電装置ではなく、月面経済圏の確立と火星探査という未来を支える、最も重要な基幹インフラと位置づけられています。その開発は、米国の宇宙政策指令第6号(Space Policy Directive Six)や、人類の活動領域拡大と経済成長の促進を掲げるNASAの戦略目標とも完全に合致しており、国家戦略レベルの重要性を持っています 6

1.2 Fission Surface Power (FSP) Systemとは何か?戦略的概観

Fission Surface Power(FSP)計画とは、2030年代初頭までに、月面で小型かつ高信頼性の核分裂原子炉を実証・運用することを目的とした、NASAと米国エネルギー省(DOE)による共同プロジェクトです 4。その核心的な価値は、太陽光、場所、天候に一切依存しない、安定的かつ継続的な「ベースロード電力」を供給できる点にあります 3

プロジェクトが掲げる主要な技術仕様は、野心的かつ具体的です。当初の計画では、少なくとも40キロワット(kWe)の電力を、人間によるメンテナンスなしで10年間にわたり継続的に供給し、そのシステム全体の質量を6トン未満に抑えることが目標とされていました 440 kWeという電力は、米国の平均的な家庭約33世帯分を賄える規模であり 4、初期の月面基地や実証プラントを動かすには十分な量です。

しかし、近年の宇宙開発競争の激化を背景に、この計画は大きく加速・拡大しています。2025年に入ってからのNASAの情報提供依頼(RFI)や報道では、目標出力が100 kWe、質量上限が15トンへと引き上げられ、より大規模な月面活動を支える能力が求められるようになりました 8。この仕様変更は、単なる技術的な進展ではなく、月面におけるインフラ構築の主導権を確保するという、地政学的な意図を色濃く反映しています。FSPは、科学探査のためのツールから、月面経済圏を創出するための戦略的資産へとその位置づけを変化させているのです。

1.3 Kilopowerからキロワットへ:その技術的遺産

FSP計画は、全くのゼロから始まったわけではありません。その技術的基盤には、2018年に成功裏に完了したKilopowerという先行プロジェクトの確かな遺産が存在します 6。この連続性は、FSPが決して机上の空論ではなく、実証済みの技術をスケールアップさせる、実現可能性の高い計画であることを示しています。

その技術的成熟度を世界に証明したのが、画期的な地上実証実験「KRUSTYKilopower Reactor Using Stirling TechnologY)」です 7。KRUSTYは、50年以上にわたって途絶えていた米国の宇宙用原子炉実験を再開させた歴史的なマイルストーンであり、FSPの核心的な安全設計思想を確立しました。この実験で最も重要だった成果は、原子炉が外部からの能動的な制御なしに、自律的に出力を調整する「負荷追従(load-following)」能力を実証したことです 17。これは、電力需要の増減に応じて原子炉が自ら反応を穏やかに増減させる、極めて安全性の高い特性であり、故障や予期せぬ事態が発生しても暴走することなく安定を保つことを意味します。

FSPは、このKRUSTYが実証した約1 kWeの電力出力を、一気に40倍から100倍の40~100 kWe級へと引き上げることを目指しています。この飛躍的なスケールアップは、原子炉の核設計、熱から電気への変換効率、そして宇宙空間という極限環境での排熱技術など、あらゆる面で新たな技術的挑戦を伴います。次のパートでは、この挑戦を乗り越えるためにNASAが選択した、具体的な技術の解剖へと進んでいきます。

比較項目 Kilopower (KRUSTY実験) Fission Surface Power (FSP)
プロジェクト名 Kilopower (KRUSTY) Fission Surface Power (FSP)
出力(熱/電気)

約4 kWt / 約1 kWe 17

250 kWt以上 / 40 kWe ~ 100 kWe 4

核燃料

高濃縮ウラン(HEU) 18

高純度低濃縮ウラン(HALEU) 6

エネルギー変換方式

スターリングエンジン 7

クローズド・ブレイトンサイクル(100kWe級)8

目標質量 N/A (地上実験機)

6トン未満(40kWe級)、15トン未満(100kWe級)4

運用寿命

28時間(地上実験)17

10年間(メンテナンスフリー)6

主要な実証内容

受動的な安全性と自律的な負荷追従能力 16

月面での長期・高出力電力供給の実証 4

このFSP計画の仕様が、当初の40 kWeという「技術実証」レベルから、100 kWeという「戦略的必須インフラ」レベルへと急速に引き上げられた背景には、単なる技術的成熟以上の要因が存在します。2022年から2024年初頭にかけてのNASAの公式文書では、一貫して40 kWeシステムが言及されていました 4。しかし、2025年半ばに発行された情報提供依頼書や関連報道では、突如として100 kWeシステムと2030年という野心的な打ち上げ目標が登場します 8

これらの文書では、中国の月面開発計画に対抗し、他国による「立ち入り禁止区域」の設定を防ぐ必要性が明確に言及されています 22。つまり、この技術仕様の変更は、科学的な要求の変化ではなく、国家戦略と地政学的な競争環境の変化によって引き起こされたものなのです。これは、FSP計画が以前とは比較にならないほどの高い国家的重要性を与えられ、予算、リスク許容度、そして政治的な後押しが大幅に強化されたことを示唆しており、プロジェクトの緊急性と挑戦のスケールを理解する上で極めて重要な文脈となります。


Part 2: 月面原子炉の解剖学 – FSPテクノロジーへの深層探求

FSPシステムは、人類がこれまでに設計した中で最も過酷な環境で、最も高い信頼性を要求される発電所です。その設計思想の根底には、極限まで単純化された物理法則と、何重にも張り巡らされた安全対策があります。ここでは、その心臓部である原子炉から、電気を生み出すエンジン、そして生命線である冷却システムに至るまで、その技術的な詳細を解剖していきます。

2.1 核の心臓部:HALEU燃料とコンパクトな炉心設計

FSPの原子炉は、Kilopowerで実績のある固体金属ブロック型の炉心設計を継承しています 18。これは、燃料棒が集合した複雑な構造を持つ地上の原子炉とは異なり、鋳造された一体型の金属燃料を用いることで、構造的な単純さと堅牢性を実現するものです。しかし、その燃料の選択において、FSPはKilopowerから重大な変更を遂げました。それが、高濃縮ウラン(HEU)から高純度低濃縮ウラン(HALEU)への転換です。

この変更は、技術的な理由以上に、国際的な核不拡散政策という強い要請によって決定されました。HEUは核兵器に転用可能な物質であり、その民生利用を最小限に抑えることは、過去数十年にわたる米国の外交政策の根幹でした 23。宇宙空間といえども、この原則に例外を設けることは、長年の努力を水泡に帰すリスクを伴います。FSPでHALEUを採用するという決定は、宇宙開発が国際的な安全保障の枠組みの中で行われるべきであるという強いメッセージなのです 23

もちろん、この政策的決定には技術的な裏付けが必要でした。HEUは核分裂反応を起こしやすく、より少ない燃料で小型軽量な炉心を設計できる利点があります。しかし、その後の研究で、中性子を減速させる材料(減速材)を適切に配置したHALEU燃料の原子炉は、HEU燃料の原子炉と比較して質量的に十分競争力があることが示されました(ある核熱推進ロケットの研究では、炉心全体の質量差はわずか9%でした)23。この技術的見通しが、政策転換を後押しする決定的な要因となったのです。

さらに、HALEU(ウラン235の濃縮度が5%~20%未満のウラン)は、地上で開発が進む多くの次世代小型原子炉(SMR)で必要とされる新しいタイプの核燃料でもあります 26。しかし、その商業的な供給網はまだ確立されていません。FSP計画は、このHALEUの重要な初期需要家となることで、米国内におけるHALEU供給網の構築を促進するという、エネルギー省(DOE)の国家戦略にも貢献する役割を担っています 26

2.2 熱から電気へ:エンジンの覇権争い(スターリング vs. ブレイトン)

原子炉が生み出すのは、あくまで熱エネルギーです。これを月面基地で使える電気エネルギーに変換するのが、エネルギー変換システムの役割です。FSPでは、二つの有力な技術が検討されてきました。スターリングエンジンブレイトンサイクルエンジンです。

スターリングサイクルは、シリンダー内のガスを外部から加熱・冷却することでピストンを往復運動させる、非常に熱効率の高いエンジンです。KRUSTY実験でその有効性が証明され、約35%という高いコンポーネント効率を達成しました 17。比較的低い温度差でも高効率を発揮できるため、特に出力が50 kWe以下の小規模なシステムで質量的に有利とされてきました 27

一方、ブレイトンサイクルは、ジェットエンジンと同様に、圧縮したガスを加熱して膨張させ、その力でタービンを回転させるエンジンです。部品が回転運動のみであるため振動が少なく、長寿命を期待できるという特徴があります 27。特に、30~50 kWeを超える高出力領域へとスケールアップさせた場合に、スターリングエンジンよりもシステム全体の質量を軽量化できる可能性を秘めています 28

FSP計画が出力目標を40 kWe、そして100 kWeへと引き上げるにつれて、天秤はブレイトンサイクルへと傾いていきました。近年のNASAの情報提供依頼書では、明確に「クローズド・ブレイトンサイクル」の採用が指定されています 4。この決定の背景には、高温の先進的な原子炉と組み合わせた場合に、ブレイトンサイクルがスターリングサイクルよりも軽量になるというシステム解析の結果があります 28。さらにNASAは、英国のロールス・ロイス社や米国のブレイトン・エナジー社、GE社といった企業と、ブレイトンサイクル変換器の効率をさらに向上させるための個別契約を締結しており 4、この技術への戦略的な注力を明確に示しています

このブレイトンサイクルの選択は、NASAの長期的な視座を物語っています。スターリングは実証済みで確実な選択肢でしたが、ブレイトンへの投資は、将来のさらに野心的なミッションへの布石です。火星への有人飛行や大規模な貨物輸送に必要となる、数百キロワットからメガワット級の核電気推進(NEP)システムでは、高出力へのスケールアップが容易なブレイトンサイクルが不可欠となります 28。つまり、FSPは単なる月面の発電所ではなく、未来の深宇宙探査を支える高出力宇宙システムの技術実証プラットフォームでもあるのです。

2.3 真空での生存術:排熱と熱管理

月面には大気がほとんど存在しないため、地上では当たり前の「対流」による冷却が一切機能しません 32。システム内で発生した廃熱を宇宙空間に捨てる唯一の方法は、「放射」のみです。このため、あらゆる宇宙システムの設計において、ラジエーター(排熱パネル)は極めて重要な、そしてしばしば大きく重いコンポーネントとなります。

FSPでは、この熱輸送を効率的かつ高信頼に行うために、ヒートパイプという受動的なデバイスが鍵を握ります。これは、真空の金属パイプ内にナトリウムなどの作動流体を封入したもので、熱せられると液体が蒸発し、低温部で凝縮して熱を放出、そして毛細管現象で再び高温部に戻るというサイクルを繰り返します。可動部品が一切なく、ポンプも不要なため、故障のリスクが極めて低いのが特徴です 15KRUSTYは、原子炉とヒートパイプを組み合わせた世界初のシステムでした 6。FSPでは、このヒートパイプが原子炉の熱をエネルギー変換システムへ、そして変換システムで生じた廃熱をラジエーターへと、確実に輸送する動脈の役割を果たします 20

ラジエーター自体は、宇宙空間に向けて広げられた巨大なパネルです。その設計には、軽量であること、着陸機に搭載するためにコンパクトに折り畳めること、そして月面の過酷な温度変化(昼は摂氏127度、夜はマイナス173度)や、研磨性の高いレゴリス(月の砂)に耐えることなど、数多くの厳しい要求が課せられます 32

2.4 見えざる盾:放射線管理と安全設計思想

FSPの安全性は、地上の原子炉とは全く異なる設計思想に基づいています。その核心が、KRUSTYで実証された受動的な「負荷追従」能力です。これを理解するために、自動車に例えてみましょう。従来の原子炉の多くは、出力制御を「アクセル」で行います。常に制御システムが介入し、出力を調整し続けなければなりません。一方、FSPは「サーモスタット(自動温度調節器)」のように振る舞います。

例えば、月面ローバーが充電を完了し、電力需要が減少したとします。すると、システム全体の温度がわずかに上昇します。この温度上昇により、炉心や周辺構造物が物理的に微量膨張し、核分裂反応の効率が自然に低下するのです。逆に、需要が増えて温度が下がれば、構造物が収縮し、反応効率が上がって出力が増加します。この一連のプロセスは、核分裂の物理法則に直接基づいており、複雑な制御システムや人間の介入を必要としません 16。この「何もしなくても安全な状態に収束する」という特性こそが、10年間メンテナンスフリーで運用される宇宙用原子炉に求められる、究極の信頼性と安全性の根幹をなしています。

もちろん、運転中に発生する放射線から宇宙飛行士や周辺機器を守るための遮蔽も不可欠です。FSPでは、二重の遮蔽戦略が採用されています。

  1. 搭載遮蔽:原子炉は、中性子を効果的に遮蔽する水素化リチウム(LiH)や、ガンマ線を遮蔽するタングステンなどの高密度材料で作られた遮蔽体と共に打ち上げられます 37。これにより、輸送中や設置作業中の安全が確保されます。

  2. 現地資材(レゴリス)による遮蔽:長期的な運用における主要な遮蔽は、月面の砂であるレゴリスを活用します。最も有力な案は、月面に着陸後、ロボットによって掘削された穴の中に原子炉を設置し、掘り出したレゴリスで原子炉を覆い尽くすというものです 34。地球から重い遮蔽材を大量に運ぶ必要がなくなるため、打ち上げ質量を劇的に削減できる、極めて合理的で効果的なアプローチです 28

これらの遮蔽策により、FSPは「宇宙飛行士の年間被ばく線量を、1km離れた地点で自然放射線レベルに加えて5レム以下に抑える」という厳格な安全基準を満たすように設計されます 6


Part 3: ユースケース分析 – 月面経済圏への電力供給

FSPがもたらす40~100 kWeという電力は、月面での活動をどのように変革するのでしょうか。それは単に明かりを灯すだけではありません。人類の生存を支え、資源を生み出し、未知の領域への扉を開き、そして新たな経済圏を創出するための、まさに生命線となるのです。ここでは、具体的な4つのユースケースを通じて、FSPが月面の未来をどう動かすのかを分析します。

3.1 ユースケース1:アルテミス・ベースキャンプ – 人類の持続的滞在を支える

最初の、そして最も重要なユースケースは、アルテミス計画の中核である月面恒久基地「アルテミス・ベースキャンプ」の維持です。4~6人程度のクルーが長期滞在する居住施設は、生命維持装置、通信機器、科学実験装置、そして極端な温度変化から内部を守るための熱制御システムなど、膨大な電力を消費します。その要求電力は、20~50 kWに達すると見積もられています 20

月面の昼間であれば、大規模な太陽光パネルがこの電力需要の多くを賄うことができるでしょう。しかし、14.5日間の夜が訪れると、太陽光パネルは沈黙します。この「死の谷」を乗り越え、基地の機能を維持し、クルーの生命を守るためのベースロード電力を供給できるのは、FSP以外にありません 1

さらに、基地から離れた場所での探査活動もFSPによって大きく変わります。与圧ローバー(月面キャンピングカー)は、数日間にわたる長距離探査を可能にする重要な移動手段ですが、その運用には6~8 kW程度の電力が必要です 43。FSPが供給する潤沢な電力があれば、ローバーのバッテリーを基地で確実に充電でき、人類の活動範囲を基地周辺から数百キロメートル先へと飛躍的に拡大させることができるのです。

3.2 ユースケース2:月面のゴールドラッシュ – 現地資源利用(ISRU)の実現

月面での持続的な活動を可能にする鍵は、現地資源利用(In-Situ Resource Utilization, ISRU)、すなわち「地産地消」の技術にあります。地球から全ての物資を輸送していては、コストが天文学的な額に膨れ上がり、大規模な活動は不可能です。月面に存在する資源、特にレゴリス(月の砂)や水氷から、酸素や水、建築材料、さらにはロケット燃料を製造することが、月面経済の自立に向けた第一歩となります。

しかし、ISRUは極めてエネルギー集約的なプロセスです。例えば、レゴリスから酸素を抽出するためのパイロットプラントを稼働させるには、約26 kWもの電力が必要になると試算されています 41。また、より詳細な分析によれば、水素還元プロセスに1キログラムの酸素あたり13 kWh、水の電気分解プロセスに同9.4 kWhのエネルギーが必要とされています 48。レゴリスを焼結させて建材を作る3Dプリンティングにも、材料を高温に加熱するための強力なエネルギー源(数kW~20kW級)が不可欠です 49

ここで、FSPの重要性が浮き彫りになります。当初計画されていた40 kWeのFSPが1基だけでは、居住施設かISRUプラントのどちらか一方をフル稼働させるのが精一杯で、両方を同時に動かすことは困難です。つまり、クルーが「生活する」ことと、基地が「生産する」ことを両立させるためには、より大きな電力供給能力が不可欠なのです。NASAが目標を100 kWeへと引き上げた戦略的な判断は、まさにこのISRUの実現を視野に入れた、月面での産業創出に向けた力強い意思表示と言えるでしょう。

3.3 ユースケース3:闇への挑戦 – 永久影クレーター(PSRs)の探査

月の極域には、数十億年にわたって一度も太陽光が当たったことのない**永久影クレーター(PSRs)**が存在します 5。その内部は摂氏マイナス248度以下という極低温に保たれており、太陽風によって運ばれてきた水分子が氷として大量に蓄積されている可能性が極めて高いと考えられています。この水氷は、飲料水や呼吸用の酸素としてだけでなく、ロケットの推進剤である液体水素と液体酸素に分解できるため、月面基地の生命線であり、さらには火星やその先の深宇宙へと向かうための「宇宙のガソリンスタンド」となり得る、計り知れない戦略的価値を持っています 51

しかし、この「宝の山」にアクセスするには、根本的な障壁があります。それは、太陽光が全く存在しないため、太陽光発電が一切利用できないことです。バッテリーで駆動するローバーを送り込んでも、その活動時間は極めて限定的にならざるを得ません。

この究極の暗闇を照らし、資源採掘という高エネルギー活動を可能にする唯一の技術がFSPです。FSPは、太陽光に依存しないため、PSRsの内部に直接設置することも、あるいは近隣から電力を供給することも可能です 4。これにより、数週間から数ヶ月にわたる継続的な掘削・採掘作業が初めて現実のものとなり、人類は月が秘める最大の資源へのアクセスを手に入れることができるのです。

3.4 ユースケース4:商業フロンティア – 月面市場のための電力ユーティリティ

FSPの役割は、NASAの科学探査や基地建設だけに留まりません。その先には、民間企業が主導する月面商業活動の未来が広がっています。市場予測によれば、月面経済は2040年までに1,420億ユーロ(約24兆円)を超える規模に成長する可能性があり、その牽引役は輸送、インフラ、そして資源利用です 52

この新たな経済圏が発展するためには、地上の経済と同様に、安定的で信頼性の高いエネルギー供給が不可欠です 54。将来、月面には民間の居住施設、極低温環境を活かしたデータセンター、商業的な鉱物採掘プラント、さらには月面観光施設などが建設されるかもしれません。これらの商業活動はすべて、FSPが供給する電力を顧客として利用することになるでしょう。

NASA自身も、FSPを単なる自己利用の資産としてではなく、より広いエコシステムを支えるインフラとして捉えている節があります。情報提供依頼書の中で、企業に対して「エンドツーエンドのサービスとして」電力を供給する意思があるかを問うているのは、その証左です 13。これは、政府が初期投資を行って基幹インフラ(例えば、GPS衛星網)を整備し、その上で民間企業が様々なサービスを展開して巨大な市場を創出するという、成功した「公共インフラモデル」を月面で再現しようという構想を示唆しています。FSPは、月面における最初の「電力会社」となる可能性を秘めているのです。

比較項目 シナリオ1:赤道基地(14日間の夜) シナリオ2:極域基地(短期間の夜) シナリオ3:永久影クレーター(PSR)
システム 太陽光+蓄電 FSP 太陽光+蓄電
100kW連続供給のためのシステム質量 極めて大きい(数千トン級の蓄電システムが必要) 小さい(<15トン) 大きい(数百トン級の蓄電システム)
信頼性・複雑性 低い(多数のバッテリー/燃料電池、充放電サイクルによる劣化) 高い(可動部が少ない、受動的安全設計) 中程度
運用可能領域 限定的(夜間の活動は蓄電量に依存) 無制限 限定的
技術成熟度(TRL) 高い(太陽電池、バッテリー) 中程度(FSPは開発中、TRL 5-6) 高い
アルテミス・ベースキャンプの活動/設備 推定要求電力(kW) 運用サイクル データソース
与圧居住施設(4人クルー) 20 – 50 kW 継続的 20
ISRU酸素生成プラント 約 26 kW 継続的/断続的 41
与圧ローバー(充電/運用) 6 – 8.5 kW 断続的 43
レゴリス3Dプリンティング(焼結) 4 – 20 kW(熱換算) 断続的 50
科学実験装置群 1 – 5 kW 継続的/断続的 20
バッテリー充電ステーション 5 – 10 kW 断続的 20
合計(ピーク時) 62 – 149.5 kW

Part 4: 挑戦、リスク、そして革新的解決策

FSP計画は、その壮大なビジョンの裏で、技術、規制、そして地政学という三つの大きな挑戦に直面しています。これらの課題を乗り越えなければ、月面の夜に灯りをともすことはできません。ここでは、FSPが直面する具体的なハードルを分析し、それらを克服するための革新的なソリューションを提案します。

4.1 技術的ハードル:着陸から長寿命化まで

自律的な展開と運用

FSPシステムは、月面に着陸後、おそらくはローバーによって最終設置場所まで運ばれ、ケーブルが接続され、そして起動シーケンスが実行されます。この一連のプロセスは、すべて遠隔操作または自律的なロボティクスによって行われなければなりません。そして最も困難なのは、その後10年間にわたり、一切の人間の保守作業なしで安定して稼働し続ける必要があるという点です 4。これは、ロボティクス技術とシステムの長期信頼性にとって、前例のない挑戦です 57。特に、研磨性が高く、あらゆる隙間に入り込む月面のレゴリス(砂)は、機械の可動部、シール、そして熱を放出するラジエーター表面にとって大きな脅威となります 32。

長期信頼性の確保

10年という運用寿命は、地上の発電所にとっては短い期間ですが、極低温と高熱、強力な宇宙放射線、そして真空に晒される月面環境では永遠にも等しい長さです。この目標を達成するためには、徹底したフォールトトレランス(故障許容性)設計が不可欠です。例えば、エネルギー変換ユニットを複数搭載し、1基が故障しても他のユニットで出力を維持する冗長性の確保や、システムの状態を常に監視し、異常の兆候を早期に検知する高度な健全性監視システムの搭載が求められます 63。その設計は、「多重防護(defense-in-depth)」という、一つの故障が連鎖的に致命的な事態を引き起こさないようにするための原子力安全の基本原則に則る必要があります 68。

質量と体積の制約

これら全ての機能と信頼性を、月着陸船のペイロード能力である15トン未満の質量と、規定された格納スペース(例えば4m x 6mの体積)に収めなければなりません 6。この厳しい制約が、高効率なコンポーネント、軽量な素材、そして革新的なシステム統合技術の開発を強力に推進する原動力となっています。

4.2 規制と地政学のランドスケープ

打ち上げ承認という名の関門

FSPが直面する最大の障壁の一つは、技術そのものではなく、それを宇宙へ打ち上げるための規制プロセスです。核物質を搭載した宇宙機の打ち上げには、複数の政府機関が関与する、時間のかかる厳格な承認プロセスが必要です。

  • NEPA(国家環境政策法):打ち上げが地球環境に与える潜在的な影響を評価するため、詳細な環境影響評価書(EIS)の作成が義務付けられています。このプロセスには通常2年程度の期間と、150万ドル以上の費用がかかると見積もられています 10

  • NLAP(核打ち上げ承認計画):NASA、エネルギー省(DOE)、そして場合によっては連邦航空局(FAA)が関与し、最終的には大統領承認が必要となる、数年がかりのプロセスです 10

  • FAA規制:FAAは、宇宙用核システムの打ち上げに関する特定の勧告通達を発行しており、打ち上げ事業者はこれに準拠する必要があります 10

2025年半ばに発令された2030年打ち上げという加速指令は、通常7年を要することもあるこれらの承認プロセスを、5年未満で完了させることを要求しています。これは、技術開発と並行して、規制当局間の前例のないレベルでの調整とプロセスの効率化が不可欠であることを意味します。プロジェクトのクリティカルパスは、研究室や工場ではなく、政府機関のオフィスにあると言っても過言ではありません。

国際宇宙法と地政学的競争

FSPの運用は、国際的な法の枠組みにも準拠しなければなりません。宇宙空間の平和利用を定めた宇宙条約は、打ち上げ国がその宇宙物体によって引き起こされたいかなる損害にも責任を負うことを規定しています 68。また、国連の「宇宙における原子動力源の利用に関する原則(NPS原則)」は、設計、運用、安全評価に関する具体的なガイドラインを定めており、FSPはこれらの国際規範を遵守する必要があります 68。

さらに、FSP計画の加速は、中国が同様に月面用原子炉の開発を進めているという地政学的な競争によって動機づけられています 22。この「新たな宇宙開発競争」は、計画に緊急性を与える一方で、技術的・規制的なタイムラインに多大なプレッシャーをかけています。

4.3 提案ソリューション:「スウォーム・グリッド」 – 強靭で分散型の月面電力アーキテクチャ

これらの挑戦、特に単一のシステムに依存することの脆弱性(Single Point of Failure)を克服するための革新的な解決策として、「スウォーム・グリッド(Swarm Grid)」という概念を提案します。これは、単一の巨大な100 kWe級原子炉に頼るのではなく、複数の40 kWe級FSPユニットをネットワーク化し、分散型の電力網を構築するというアプローチです。

コンセプト

このアイデアは、地上のマイクログリッドやデータセンターの電力供給アーキテクチャから着想を得ています。複数のFSPユニットを、NASAが研究を進めている高電圧送電ケーブルで相互に接続し、一つの統合された電力システムとして運用します 20。

利点

  • 強靭性の向上:1基のFSPユニットが故障しても、基地全体の電力が失われることはありません。ネットワークを通じて他のユニットから電力を融通することで、ミッションクリティカルな機能(生命維持など)を維持できます。これは、システムの信頼性を飛躍的に高めるN+1冗長性を実現します。

  • 段階的な拡張性(スケーラビリティ):将来、電力需要が増加した際には、既存のグリッドを停止させることなく、新たなFSPユニットを追加接続するだけでシステムを拡張できます。初期投資を抑えつつ、需要の伸びに合わせて柔軟にインフラを成長させることが可能です。

  • 運用柔軟性:居住施設、ISRUプラント、遠隔地の科学観測拠点など、地理的に分散した複数の拠点に、需要に応じて電力を最適に配分できます。

  • リスク分散:アルテミス計画全体の電力供給能力を、単一の着陸ミッションの成否に賭けるという高リスクを回避できます。複数の打ち上げに分けてFSPユニットを輸送することで、1回の失敗が計画全体に与える影響を最小限に抑えることができます。

この「スウォーム・グリッド」は、月面という予測不可能な環境において、単一障害点を持たない、強靭で進化可能なエネルギーインフラを構築するための、地味ながらも実効性の高いソリューションとなるでしょう。


Part 5: 地球への鏡 – 月面原子炉は日本のエネルギーの未来をどう照らすか

宇宙開発の最先端技術は、しばしば地球上の課題を解決するための思わぬヒントを与えてくれます。NASAのFSP計画も例外ではありません。一見、無関係に見えるこの月面原子炉の設計思想の中には、資源に乏しく、自然災害の多い日本が抱える根源的なエネルギー問題に対する、強力な処方箋が隠されています

5.1 日本のエネルギー・トリレンマ:根本原因の分析

現在の日本は、エネルギー政策において「エネルギーのトリレンマ」と呼ばれる、安全保障(Security)、経済性(Cost)、そして環境適合性(Decarbonization)という三つの相克する課題に直面しています。

  • 高い海外依存度という脆弱性:日本のエネルギー自給率は約15%と極めて低く、一次エネルギーの大部分を中東などの海外からの化石燃料輸入に依存しています 78。これは、国際情勢の変動がエネルギー価格や供給の安定性に直結する、地政学的な脆弱性を常に抱えていることを意味します。

  • 再生可能エネルギーと土地制約:脱炭素化の切り札として期待される太陽光や風力発電ですが、山がちで平野の少ない日本では、大規模な発電施設を建設するための土地が決定的に不足しています 82。エネルギー密度が低い再生可能エネルギーで国のエネルギー需要を賄うには、物理的な限界が存在します。

  • 系統安定性と災害への強靭性:地震や台風といった自然災害は、日本の大規模集中型の電力網にとって常に脅威です。また、天候によって出力が大きく変動する再生可能エネルギーの導入拡大は、電力系統全体の安定性を維持する上で新たな技術的課題を生み出しています 82

5.2 FSPを設計図とする、日本のための小型モジュール炉(SMR)

これらの日本の課題に対する有望な解決策の一つとして、近年、小型モジュール炉(Small Modular Reactor, SMR)が注目されています。SMRは、従来の大型原子炉とは異なり、出力が30万kW(300 MWe)程度以下で、主要なコンポーネントを工場で製造し、現地で組み立てることを特徴とする次世代の原子炉です 84

驚くべきことに、このSMRのコンセプトと、NASAのFSPの設計思想の間には、数多くの共通点が存在します。FSPは、いわば「極限環境で運用される超小型SMR」であり、その開発から得られる知見は、日本のエネルギー問題解決に直接応用可能なのです。

FSPの設計原則 対応する地上のSMRの特性 解決される日本のエネルギー課題
超小型・高エネルギー密度 小さな設置面積・立地の柔軟性 土地制約、都市部近郊への設置可能性
太陽光に依存しない連続運転 24時間365日の安定したベースロード電力 再生可能エネルギーの出力変動補完、系統安定化、輸入依存度低減
受動的安全設計・自律運転 「ウォークアウェイ・セーフ」な安全性、省人化 災害への強靭性、運転員の高齢化・人材不足への対応
モジュール性・拡張性 工場生産による品質向上・工期短縮、段階的投資 巨額な初期投資リスクの低減、需要に応じた柔軟な設備増強
熱と電気の同時供給(コジェネレーション) 産業プロセスへの高温熱供給 電化が困難な産業分野(化学、製鉄など)の脱炭素化

この表が示すように、FSPを開発するために乗り越えなければならない技術的課題は、そのまま日本のエネルギー課題を解決するためのSMRに求められる特性と一致しています。月面という究極の「制約」の中で磨かれた技術は、日本の「制約」を克服するための理想的な設計図となり得るのです。

5.3 提案ソリューション:SMR駆動マイクログリッドによる強靭な日本

このFSPとSMRの間の強力な類推に基づき、日本のエネルギー安全保障を抜本的に向上させるための具体的なソリューションを提案します。それは、SMRを中核とした自立分散型マイクログリッドを全国に展開するという構想です。

これは、大規模な電力網が自然災害によって寸断されたとしても、重要な社会インフラが機能を維持し続けることを可能にします 86例えば、病院、データセンター、地方自治体の庁舎、そして重要な工場などの隣接地にSMRを設置し、平時は系統に電力を供給しつつ、非常時には系統から切り離されて独立した電力源として機能します。これは、FSPが月面基地に独立した電力を供給するモデルの、まさに地球版です。

さらに、離島や山間部など、大規模送電網の維持が困難な地域にSMRを設置することで、エネルギーの地産地消を実現し、地域社会の持続可能性を高めることができます 92。また、SMRが高温の熱を安定的に供給できる特性は、化学プラントや製鉄所、あるいは将来の水素製造プラントなど、電化だけでは脱炭素化が難しい産業分野にとって、化石燃料に代わるクリーンな熱源となるでしょう 92

結論として、人類が活動できる最も過酷な環境である月面のために開発された、最も信頼性の高い電源技術は、地球上で最もエネルギー安全保障上の課題を抱える国の一つである日本にとって、未来を切り拓くための強力な鍵となり得るのです。

宇宙を見上げることは、足元の課題を解決するための新たな視点を与えてくれます。


Part 6: 結論、FAQ、そして検証

6.1 未来は核分裂にあり:月から本土へ

NASAのFission Surface Power計画は、単なる月面用の発電機開発プロジェクトではありません。それは、人類が地球の揺りかごを離れ、他の天体で持続的に活動するための扉を開く、基盤となる技術です。太陽光という制約から解放されることで、月面の夜を克服し、永久影クレーターの豊富な資源にアクセスし、そして商業活動が花開く月面経済圏を創出することが可能になります。

その設計思想は、受動的な安全性、10年間のメンテナンスフリーという驚異的な信頼性、そして極限までの小型化という、これまでの原子力技術の常識を覆す革新に満ちています

そして、この宇宙の最先端で磨かれた技術が、驚くべきことに、日本のエネルギー安全保障という地上の課題に対して、強力な解決策の青写真を提供しています。FSPの設計原則は、日本の国土的・社会的事情に最適化された次世代エネルギーシステム、すなわちSMRを中核とした分散型マイクログリッドの理想像そのものです。

月を目指す挑戦は、宇宙開発の新たな時代を切り拓くと同時に、地球上の私たちの未来をより安全で、より持続可能なものにするための、貴重な知見をもたらしてくれるのです。FSPが月面の闇を照らす最初の光は、日本のエネルギーの未来を照らす希望の光となる可能性を秘めています。

6.2 よくある質問(FAQ)

Q1: FSP原子炉は安全ですか?メルトダウンのような事故の危険性は?

A1: 非常に安全です。FSPは、地上の商業用原子炉とは根本的に設計思想が異なります。受動的な「負荷追従」能力により、異常が発生しても物理法則に従って自然に核分裂反応が抑制され、安定した状態に収束します 16。暴走やメルトダウンのリスクは、設計上、極めて低いレベルに抑えられています。

Q2: どのくらいの放射線を放出するのですか?宇宙飛行士は危険ではないですか?

A2: 宇宙飛行士の安全は最優先事項です。FSPは、搭載された遮蔽材と現地のレゴリス(砂)による二重の遮蔽により、1km離れた地点での年間被ばく線量が、自然放射線に加えて5レム(50ミリシーベルト)以下という、国際的な宇宙飛行士の安全基準を十分に満たすように設計されています 6。

Q3: なぜ太陽光パネルとバッテリーだけではダメなのですか?

A3: 主に二つの理由があります。第一に、14.5日間の長い夜を乗り切るために必要な電力をすべてバッテリーで蓄えようとすると、その質量が数千トンにも及び、打ち上げが非現実的になります 95。第二に、水氷などの資源が豊富にある永久影クレーターでは太陽光が全く利用できないため、FSPが唯一の選択肢となります 5。

Q4: どのような核燃料を使用しますか?核兵器に転用されるリスクは?

A4: 高純度低濃縮ウラン(HALEU)を使用します 6。これはウラン235の濃縮度が20%未満のもので、核兵器に使用される高濃縮ウラン(HEU、濃縮度90%以上)とは全く異なります。HALEUの採用は、核不拡散という国際的な規範を遵守するための重要な決定です 23。

Q5: FSPはいつ頃、実際に月面に設置されるのですか?

A5: 現在の計画では、2030年代初頭の打ち上げと月面での実証運用開始が目標とされています 4。

Q6: FSPを月まで運ぶのに、どれくらいの費用がかかりますか?

A6: FSPシステムの目標質量は15トン未満です 13。SpaceX社のStarshipのような次世代大型ロケットが実用化されれば、月面までの輸送コストは劇的に低下すると予想されています。一部の試算では、1kgあたり1,000ドル台まで下がる可能性も示唆されており 97、その場合、FSPの輸送コストは1,500万ドル(約23億円)程度になる可能性があります。

Q7: FSPの開発を主導している企業はどこですか?

A7: NASAは2022年に、3つの企業チームに初期設計契約を発注しました。それらは、ロッキード・マーティン社(BWXT社、Creare社と提携)、ウェスチングハウス社(エアロジェット・ロケットダイン社と提携)、そしてIX社(インテュイティブ・マシーンズ社とX-エナジー社の合弁事業で、マクサー社、ボーイング社と提携)です 21。

Q8: 宇宙用のスターリングエンジンとブレイトンエンジンの違いは何ですか?

A8: スターリングエンジンはピストンの往復運動で発電し、比較的低い温度差でも高効率ですが、スケールアップに課題があります。一方、ブレイトンエンジンはタービンの回転運動で発電し、高出力化に適しており、振動が少ないという利点があります 27。FSPでは、100 kWeという高出力を目指すため、ブレイトンサイクルが選択されています 13。

Q9: FSP計画は、米国の宇宙開発競争においてどのような意味を持ちますか?

A9: FSPは、月面、特に資源が豊富な南極域におけるインフラ構築の主導権を握るための鍵となります。中国も同様の月面原子炉を計画しており 22、先に信頼性の高い電源を確立した国が、将来の月面利用に関するルール作りや国際協力において優位に立つと考えられています。

Q10: この技術は本当に地球上で応用できるのですか?

A10: はい、応用可能です。FSPの「小型・高信頼性・受動的安全・モジュール性」という設計思想は、日本などが開発を進める小型モジュール炉(SMR)のコンセプトと完全に一致します 84。FSPのために開発された先進的な材料、制御技術、シミュレーションモデルは、地上のSMR開発を加速させ、災害に強い分散型電源や産業の脱炭素化に貢献する可能性があります。

6.3 ファクトチェック・サマリー

本稿で提示された主要なデータと結論の信頼性を担保するため、以下にその根拠となる事実を要約します。

  • 目標出力: 40 kWeから100 kWeへと計画が拡大 4

  • 運用寿命: 10年間、人間によるメンテナンスは不要 6

  • 質量目標: 6,000 kg未満(40 kWe級)、15,000 kg未満(100 kWe級)4

  • 核燃料: 高純度低濃縮ウラン(HALEU)を採用 6

  • エネルギー変換方式: クローズド・ブレイトンサイクル(100 kWe級システムで指定)8

  • 先行実証実験: KRUSTY実験では、約1 kWeの出力をシステム全体効率約25%で達成し、受動的安全性を実証 17

  • 宇宙飛行士の安全基準: 1km離れた地点での年間被ばく線量を5レム未満に抑制 6

  • 月面の夜の長さ: 地球時間で約14.5日間 3

  • 主要契約企業(フェーズ1): ロッキード・マーティン、ウェスチングハウス、IX(インテュイティブ・マシーンズ/X-エナジー)21

  • 目標配備時期: 2030年代初頭 4

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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