ガソリン税制改革の経済・環境影響分析 10年後の価格動向とGX戦略へのインプリケーション

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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目次

ガソリン税制改革の経済・環境影響分析 10年後の価格動向とGX戦略へのインプリケーション

序章:短期的な価格変動を超えた構造的課題の分析

物価高騰を背景に、ガソリン税の「暫定(特例)税率」廃止が主要な政策課題として浮上しています。この議論は、消費者にとっては「リッター25.1円」という直接的な価格低下への期待に集約されがちです。しかし、この税制変更は、短期的な価格変動に留まらない、より広範で構造的な影響を日本の経済、産業、そしてエネルギー政策に及ぼします。

本レポートは、暫定税率廃止という単一の政策がもたらす多面的な影響を、客観的かつ定量的なデータに基づき、科学的・学術的な視点から多角的に分析することを目的とします。具体的には、以下の3つの核心的な問いに焦点を当てます。

  1. 価格変動の持続性: 減税による価格低下は、国際エネルギー市場と為替レートの変動の中で、どの程度の期間、持続可能なのか。

  2. マクロ経済への影響: 減税が個人消費、貿易収支、ひいては為替レートに与える短期的および長期的なインパクトは何か。

  3. 国家戦略との整合性: この税制変更は、日本の最重要課題であるGX(グリーン・トランスフォーメーション)戦略、特に運輸部門の脱炭素化と整合するのか。

本質的な課題は、税率の是非という二元論ではありません。エネルギー税制の構造、財源の使途、そしてそれが国家の長期戦略とどう連携すべきかという、より根本的な問題です。本レポートは、これらの複雑な因果関係を解き明かし、データに基づいた冷静な議論のための分析基盤を提供することを目指します。

第1章:ガソリン暫定税率廃止の現状と主要な論点

ガソリン税制を巡る議論は、複数の論点が複雑に絡み合っています。ここでは2025年10月時点の最新情報に基づき、法案の審議状況、主要な論点である財源問題、そして代替案として比較される「トリガー条項」との制度的な違いを整理します。

1-1. 法案の審議状況と実施時期のコンセンサス

現在、ガソリン税の暫定税率を廃止する法案が野党7党によって国会に提出されています 1。この法案は衆議院で可決されたものの、参議院では与党が代替財源の確保を優先する立場から慎重な姿勢を崩しておらず、審議は停滞しています 2

石破首相は、暫定税率の廃止自体は既定方針であると認めつつも、年間約1.5兆円に上る国と地方の減収を補う代替財源の確保が実施の絶対条件であると明言しています 3。実施時期の決定については、2025年12月の税制改正議論が一つの目処とされており、現時点では、予算編成のスケジュール等を考慮すると「2026年4月」の施行が有力なシナリオと見なされています 2

1-2. 議論の核心:1.5兆円の代替財源問題

議論が停滞する最大の要因は、国と地方を合わせて年間約1.5兆円に上る恒久的な財源をいかに確保するかという問題です 3。この問題は、単なる財政の穴埋めにとどまりません。将来的な電気自動車(EV)の普及によるガソリン税収の構造的な減少が見込まれる中、この代替財源の議論は、EV時代に対応した次世代の自動車関連税制の設計という、より大きな課題と不可分です 5

代替財源の候補としては、自動車の走行距離に応じて課税する「走行距離課税」が浮上していますが、多くの技術的・社会的な課題があり、短期的な解決策には至っていません 6(詳細は第6章で後述)。

また、この財源問題は、国と地方の財政関係にも影響を及ぼします。減収額には、地方税である「軽油引取税」の暫定税率分も含まれており、その廃止は都道府県の財政を直接圧迫します 7。当初、野党案ではこの軽油引取税が対象外とされていましたが 8、物流業界からの強い要望を受け、別途、軽油引取税の暫定税率廃止も目指す動きがあり 9、問題の複雑さを示しています。

1-3. 制度比較:「トリガー条項」凍結解除との本質的な違い

暫定税率廃止としばしば比較されるのが、「トリガー条項」の凍結解除です。両者は政策目的と効果において本質的に異なります。

トリガー条項は、レギュラーガソリンの全国平均小売価格が3ヶ月連続で1リットルあたり160円を超えた場合に、ガソリン税の暫定税率分(25.1円/L)の課税を「一時的に停止」する制度です 4。価格が再び基準値(3ヶ月連続で130円/L)を下回れば、課税は自動的に再開されます 4

つまり、「暫定税率の恒久的廃止」が税制そのものを変更する構造改革であるのに対し、「トリガー条項の発動」は価格高騰に対する一時的な経済安定化措置です。財政への影響の永続性と政策の機動性において、両者は全く異なる選択肢と言えます。このトリガー条項は、2011年の東日本大震災の復興財源確保を理由に凍結されて以来、一度も発動されていません 4

第2章:価格変動の定量的シミュレーション

暫定税率が廃止された場合、小売価格は具体的にいくら変動するのでしょうか。ここでは、ガソリンの価格構造を分解し、現在実施されている補助金制度の影響を考慮に入れた、実質的な価格変動幅を定量的にシミュレーションします。

2-1. ガソリン小売価格の構成要素

ガソリンスタンドで提示される小売価格は、主に以下の4つの要素で構成されています 11

  1. 本体価格: 原油輸入コスト、精製・輸送コスト、および元売・販売業者のマージン。国際原油価格と為替レートに連動して変動します。

  2. 税金:

    • ガソリン税(揮発油税+地方揮発油税): 53.8円/L。このうち25.1円/Lが「暫定(特例)税率」の対象です。

    • 石油石炭税: 2.8円/L。地球温暖化対策等を目的としています 14

  3. 消費税 (10%): 本体価格と上記税金の合計額に対して課税されます。税金に税金が課される構造(タックス・オン・タックス)が指摘されています 13

  4. 政府補助金: 「燃料油価格激変緩和措置」による価格抑制効果。

以下の表は、ガソリンと軽油の税構造をまとめたものです。

税の種類 課税対象 本則税率 (円/L) 暫定(特例)税率 (円/L) 合計 (円/L) 備考
揮発油税 ガソリン 24.3 24.3 48.6

国税 16

地方揮発油税 ガソリン 4.4 0.8 5.2

国税(地方譲与税) 16

ガソリン税合計 ガソリン 28.7 25.1 53.8 廃止対象は暫定税率25.1円
軽油引取税 軽油 15.0 17.1 32.1

地方税 4

石油石炭税 ガソリン・軽油等 2.8 2.8

国税 14

2-2. 補助金終了を考慮した実質的な価格変動:「約15.1円」の算出根拠

暫定税率(25.1円/L)の廃止は、現在ガソリン価格を抑制している「燃料油価格激変緩和措置」による補助金の終了と連動しています 2。政府は公式に、この補助金の継続期間を「暫定税率について結論を得て実施するまでの間」と定めており、暫定税率の廃止が補助金終了のトリガーとなります 14

現在、この補助金による価格抑制効果は1リットルあたり約10円です 14。したがって、廃止直後に消費者が経験する実質的な価格低下幅は、以下の計算式によって求められます。

実質価格低下幅 = 暫定税率廃止額 (25.1円) – 補助金終了額 (約10円) = 約15.1円 14

この約10円の乖離は、政策効果の正確な評価において極めて重要です。

項目 金額 (円/L) 備考
① ガソリン税暫定税率の廃止額 -25.1

税制上の減税額 14

② 終了する政府補助金の価格抑制効果 +10.0

暫定税率廃止と同時に終了 14

③ 実質的な初期価格低下幅 (① + ②) -15.1

消費者が初期に享受する価格低下 14

2-3. 軽油価格への影響:軽油引取税の動向

物流産業の主要燃料である軽油には、「軽油引取税」が課されており、これにも1リットルあたり17.1円の暫定税率が存在します 4。当初の法案では対象外でしたが 8、物流業界からの要請を受け、野党7党は軽油引取税の暫定税率廃止も目指す方針で一致しており 9、実現すれば企業の輸送コスト削減に直接的に寄与します。

2-4. 経済的便益の試算:世帯・業種別分析

野村総合研究所(NRI)の試算によれば、ガソリン税の暫定税率が廃止された場合、平均的な一世帯あたりのガソリン関連支出は年間で約9,670円減少するとされています 8。この便益は、自動車への依存度が高い地方部や、燃料費が経営コストに占める割合(平均約16%、長距離輸送では30%超のケースも 42)が大きい運輸・物流業において、より顕著になります。

第3章:価格変動の長期予測モデル(10年間)

暫定税率廃止による価格低下が長期的に維持される可能性は、経済モデル上、極めて低いと予測されます。日本のガソリン価格は、国内の税制という静的な要因以上に、国際市場の動的な変動要因に強く支配されているためです。

3-1. 予測モデルの主要変数

ガソリン価格の長期動向を予測するための主要な変動要因(ドライバー)は以下の3つです 11

  1. 国際原油価格: 世界の経済成長(需要)、産油国の生産政策(供給)、地政学的リスクによって決定されます。

  2. 為替レート(USD/JPY): 原油輸入の決済通貨が米ドルであるため、円安は円建ての輸入価格を直接的に押し上げます。

  3. 国内政策: 税制や補助金制度の変更。

減税という国内政策の効果は、他の2つのグローバルな変数の変動によって、時間とともに相殺される可能性が高いと考えられます。

3-2. 国際原油価格の見通し:供給過剰局面への移行

米エネルギー情報局(EIA)や国際エネルギー機関(IEA)などの主要機関による最新の短期見通しは、2025年から2026年にかけて、世界の石油市場が「供給過剰」に転じる可能性を示唆しています 20。これは、OPECプラスの協調減産の段階的縮小と、米国、ブラジル、ガイアナなど非加盟国の生産増加が、世界の需要の伸びを上回るためです 22

具体的に、EIAはブレント原油の平均価格が2025年第4四半期には1バレルあたり62ドル、2026年には52ドルまで下落する可能性があると予測しており 23、これは減税効果とは別に価格を押し下げる要因となり得ます。ただし、この予測は地政学的リスクの顕在化を織り込んでおらず、中東情勢などによる価格急騰リスクは常に存在します 12

3-3. 為替レートの増幅効果:円安トレンドによる価格相殺リスク

原油価格の下落傾向が見込まれる一方で、日本の構造的な課題は円安です 12。日米の金利差などを背景とした円安トレンドが継続する場合、ドル建ての原油価格が下落しても、円建てでの調達コストは高止まり、あるいは上昇する可能性があります。この「為替による増幅効果」は、減税による価格低下効果を将来的に相殺する最大の不確実性要因です 13

3-4. 統合予測シナリオ:初期の価格低下とその後の回帰

上記3つの変数を統合すると、廃止後の価格推移について以下のベースラインシナリオが描けます。

  • フェーズ1:価格低下期間(廃止後1〜2年)

    廃止直後は、約15.1円の減税効果と、国際原油価格の安定・下落が重なり、ガソリン価格は比較的低い水準で推移する可能性が高いと予測されます。

  • フェーズ2:価格回帰期間(廃止後3〜5年)

    その後、世界経済の回復に伴う石油需要の増加と、構造的な円安トレンドの継続により、円建ての輸入価格が再び上昇します。これらの外的要因が減税効果を徐々に吸収し、ガソリン価格は減税前の水準、あるいはそれ以上の水準に回帰する蓋然性が高いと考えられます 14。

この分析は、暫定税率廃止による低価格の維持が、経済構造上、極めて困難であることを示唆しています。

第4章:日本経済への影響:短期的な便益と長期的なリスクのトレードオフ

暫定税率廃止は、日本経済全体に対して短期的な便益と長期的なリスクというトレードオフの関係をもたらします。

4-1. 短期効果:可処分所得の増加と個人消費の刺激

政策の直接的な効果として、家計および企業の可処分所得が実質的に増加します。これにより、ガソリン以外の財・サービスへの支出が喚起され、短期的に個人消費を押し上げる効果が期待されます 14。野村総合研究所の試算では、この減税が実質GDPを0.1%程度押し上げる可能性があるとされています 8

4-2. 長期リスク:貿易赤字と円安の負のフィードバックループ

一方で、この政策はマクロ経済の安定性を損なう「負のフィードバックループ」を形成するリスクを内包しています 14。そのメカニズムは以下の通りです。

  1. ガソリン消費量の増加: 価格低下がガソリン需要を刺激します 2

  2. 原油輸入量の増加: 国内消費の増加に伴い、原油の輸入量が増加します。

  3. 貿易赤字の拡大: 輸入額の増加が貿易収支を悪化させます 14

  4. 円安圧力の増大: 貿易赤字の拡大は、為替市場における円売り・ドル買い需要を増加させ、さらなる円安圧力となります。

  5. 輸入物価の再上昇: 円安の進行が、再び原油をはじめとする輸入品の円建て価格を押し上げます。

このループは、減税政策そのものが将来のガソリン価格を押し上げる要因となり得るという構造的なジレンマを示しています 14

4-3. 産業構造への影響:運輸・物流セクターの課題

軽油引取税の暫定税率が廃止されれば、運輸・物流業界のコスト負担は短期的に軽減されます。しかし、これは燃料価格の変動という業界の構造的な脆弱性に対する対症療法に過ぎません。持続可能な物流システムの構築には、車両のエネルギー効率改善、モーダルシフトの推進、DXによる輸送最適化といった、より本質的な構造改革が不可欠です。燃料費の一時的な低下が、これらの改革へのインセンティブを削ぐ可能性も考慮する必要があります。

第5章:国家戦略との不整合:GX(グリーン・トランスフォーメーション)への影響

暫定税率廃止がもたらす最も深刻な長期的リスクは、日本政府が推進する国家戦略「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」との間に生じる政策的不整合です。

5-1. 暫定税率の意図せざる機能:運輸部門における「事実上のカーボンプライシング」

1974年に導入された暫定税率は、道路整備財源を目的としていましたが、結果として、日本の運輸部門における最も強力な「カーボンプライシング(炭素への価格付け)」として意図せず機能してきました 26

ガソリン1リットルの燃焼で排出される$CO_2$は約2.32kgです。これを基に計算すると、25.1円/Lの暫定税率は、$CO_2$排出量1トンあたり約10,800円の価格付けに相当します 26。これは、日本の地球温暖化対策税(289円/トン)を大幅に上回り、環境政策で先行する欧州諸国が導入している実効的な炭素税の価格レベルに匹敵する、強力な価格シグナルです 43。暫定税率の廃止は、この価格シグナルを、その環境政策上の価値を評価することなく解体する行為に他なりません。

5-2. EVシフトの鈍化リスク:政策の内部矛盾

政府はGX戦略の柱として、補助金政策を通じて電気自動車(EV)へのシフトを推進しています。その一方で、ガソリン価格を引き下げることは、内燃機関車(ICE)の相対的な経済性を高め、EVシフトへのインセンティブを削ぐことになります。これは、EVの経済的優位性(燃料費の安さ)を減殺し、消費者のEVへの移行ペースを鈍化させるリスクをはらんでおり、アクセルとブレーキを同時に踏むような政策の内部矛盾と言えます 26

5-3. $CO_2$排出量への定量的インパクト

国立環境研究所(NIES)の試算によれば、暫定税率の廃止は、2030年までに運輸部門の$CO_2$排出量を最大で7.3%増加させる可能性があるとされています 2。これは、日本が国際的に約束した温室効果ガス削減目標の達成を著しく困難にするものであり、他部門での削減努力を相殺しかねません。

5-4. 根源的な課題:エネルギー税制と国民的合意形成

この問題の根底には、国民負担を伴う本格的なカーボンプライシング導入に関する社会的な合意形成の難しさがあります。本来であれば、暫定税率が果たしてきた機能を評価し、その財源をより設計の優れた正式な炭素税や環境関連投資へと移行させるべきでした。一度廃止した税を環境目的で再導入することは政治的に極めて困難であり 26、この決定は将来の有効な政策オプションを失う「非可逆的」なものとなる可能性があります。失われる1.5兆円の財源は、EV購入補助、充電インフラ整備、次世代エネルギー技術開発など、GX戦略を加速させるための貴重な投資原資となり得たはずです 26

第6章:代替税制の選択肢と政策提言

「廃止か、維持か」という二元論を超え、日本のエネルギーと環境の未来を見据えた、実効性のある代替案の検討が不可欠です。

6-1. 課題の再定義:税の目的と使途の明確化

問題の本質は税率の多寡ではなく、その税が「何のために使われるのか」という目的の曖昧さにあります。2009年に道路特定財源から一般財源へと変更されたことで、国民が納得できる使途の「物語」が失われました 14。したがって、解決策は、税の目的と使途を現代的な課題に合わせて再定義し、その正当性を再構築することにあります。

6-2. 代替案の分析:「走行距離課税」の技術的・社会的課題

代替財源の有力候補として議論される「走行距離課税」は 6、燃料種別によらない公平な課税(応益原則)や、EV化が進んでも安定した税収を確保できるというメリットがあります 5

しかし、導入には多くの課題が存在します。

  • 産業・地域への影響: 通勤等で長距離移動が必須な地方在住者や、運輸・物流業界の負担が激増する可能性があります 28

  • 技術的・プライバシー上の課題: 全車両の正確な走行距離を、プライバシーを保護しつつ、低コストで捕捉・管理する技術的・制度的枠組みの構築が極めて困難です 5

  • EV普及への影響: EVの税制上の優位性が薄れ、普及のブレーキとなる可能性があります 28

これらの課題から、走行距離課税は即時導入可能な解決策とは言えず、長期的な検討を要する選択肢です。

6-3. 政策提言:「環境エネルギー移行税(仮称)」への転換

本レポートは、既存の税制の枠組みを活かしつつ、その目的と使途を未来志向に転換する「賢い出口戦略」として、「環境エネルギー移行税(仮称)」への再編を提案します。

  • 構想の骨子:

    1. 名称と目的の刷新: 現行の「特例税率」を廃し、新たに「環境エネルギー移行税」として法的に再定義します。これにより、税の目的を過去のインフラ整備から、未来の脱炭素社会への移行支援へと明確に転換します。

    2. 税率の段階的見直し: 税率は当面現行水準を維持しつつ、将来のEV普及率などに応じて段階的に引き下げるロードマップ(サンセット条項)をあらかじめ設定します。

    3. 使途の特定化(Earmarking): 税収(約1.5兆円)の使途を、法律によって「GX経済移行債の償還財源」に完全に限定します 26。GX経済移行債は、日本の脱炭素化に向けた大規模な先行投資(再生可能エネルギー、蓄電池、水素技術開発等)を賄うためのものです。

  • 本提案の合理性:

    • 目的の明確化: 「未来のグリーン社会を作るための投資財源」という、国民の理解を得やすい新たな目的を付与できます。

    • 政策の整合性: 環境負荷(ガソリン消費)から得られる税収を、脱炭素投資に充当することで、GX戦略との完全な整合性を確保します。

    • 財政規律の維持: 貴重な財源を維持し、未来への戦略的投資に振り向けることができます。

この提案は、既存の制度からの移行コストを最小限に抑えつつ、財政規律と環境政策を両立させる現実的なソリューションです。

結論:日本のエネルギー税制が直面する根源的な問い

ガソリン税の暫定税率を巡る議論は、短期的な価格問題に留まらず、日本のエネルギー、経済、環境政策の未来を左右する根源的な問いを内包しています。

本レポートの分析が示すように、暫定税率廃止による価格低下効果は、国際市況と為替レートの変動により、持続可能性が低い「一時的な現象」となる可能性が高いです。その一方で、日本のGX戦略を後退させ、マクロ経済の安定性を損ない、未来への貴重な投資原資を失うという「不可逆的」なリスクを伴います。

今、我々が科学的・学術的に議論すべきは、以下の構造的な課題です。

  • 次世代の道路インフラ維持財源: EV化が進む社会において、道路インフラの維持コストを誰がどのように負担するのか。

  • 脱炭素化のコスト分担: カーボンニュートラルという不可避の目標達成に向けたコストを、社会全体でいかに公平かつ効率的に分担するのか。

  • 政策の一貫性: 短期的な経済的便益と、長期的な国家戦略(GX戦略)との整合性をいかにして確保するのか。

「環境エネルギー移行税」構想は、これらの問いに対する一つの具体的な解です。それは、過去の税制を未来への投資へと転換し、国民負担に新たな正当性を与える試みです。この議論を、日本のエネルギー税制のあり方を国民全体で再設計する機会へと昇華させることが、未来に対する責任ある選択と言えるでしょう。

よくある質問(FAQ)

Q1: 暫定税率が廃止されると、ガソリン価格はいつから、いくら下がりますか?

A1: 最新の動向から、最も有力な時期は2026年4月と予測されます 2。価格低下幅は、税率分の25.1円から、同時に終了する政府の補助金(約10円/L)が相殺されるため、実質的には約15.1円/Lの低下からスタートする見込みです 14

Q2: なぜ25.1円全額が安くならないのですか?

A2: 現在、政府は「燃料油価格激変緩和措置」として石油元売会社に約10円/Lの補助金を支給し、小売価格を抑制しています。この補助金は、暫定税率が廃止されると同時に終了する規定になっているため、減税効果の一部が相殺されます 2

Q3: 価格低下は長期的に続きますか?

A3: その可能性は極めて低いと予測されます。廃止後1〜2年は価格が抑制される可能性がありますが、その後は国際原油価格の上昇や円安の進行といった外部要因により、数年で減税前の価格水準に回帰する可能性が高いと考えられます 14

Q4: 代替財源として議論される「走行距離課税」の主な課題は何ですか?

A4: 主な課題は、①自動車での移動が不可欠な地方在住者や運輸・物流業者の負担が著しく増加する懸念 28、②個人の移動データを収集することによるプライバシー保護の問題 5、③全車両の走行距離を正確に把握するための技術的・コスト的なハードル 5、の3点です。

Q5: この減税は、日本のGX(グリーン・トランスフォーメーション)戦略にどのような影響を与えますか?

A5: GX戦略とは逆行する影響が懸念されます。ガソリン価格の低下は、化石燃料であるガソリンの消費を促し、$CO_2$排出量を増加させます。これは政府が進めるEVシフトの流れと矛盾し、日本の環境目標達成を困難にする可能性があります 2

ファクトチェック・サマリー

本レポートは、公開されている政府資料、報道、専門機関のレポートに基づき作成されています。主要なファクトと数値の正確性について、以下の通り要約します。

  • 税率と減収額: ガソリン税の暫定(特例)税率が25.1円/Lであること 14、軽油引取税の暫定税率が17.1円/Lであること 4、廃止による減収額が国・地方合わせて年間約1.5兆円に上るという政府試算 3 は、複数の公的資料及び報道で確認されています。

  • 実質値下げ額: 暫定税率廃止と同時に燃料油価格激変緩和措置(補助金)が終了し、実質的な値下げ幅が約15.1円/Lからスタートするという分析は、政府の補助金制度の規定 14 に基づくものです。

  • 政治動向: 野党による法案提出 1、与党の代替財源を求めるスタンス 2、石破首相の発言 3、そして廃止の最有力時期が2026年4月であるという見通し 2 は、2025年8月〜10月にかけての主要な報道内容と一致しています。

  • 国際市況予測: EIA(米エネルギー情報局)による2025年〜2026年の原油価格が下落傾向にあるとの予測 23 は、公式の短期エネルギー見通し(STEO)に基づいています。

  • 環境への影響: 暫定税率廃止が運輸部門の$CO_2$排出量を増加させるという指摘は、国立環境研究所の試算 2 に基づくものです。また、暫定税率が事実上のカーボンプライシングとして機能していたという分析 26 は、税額と$CO_2$排出量の関係から導き出される客観的な評価です。

本レポートで提示した分析と予測は、これらの信頼性の高い情報源を構造的に組み合わせ、専門的知見を加えることで導き出されたものです。

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