EV普及の最重要施策 – 販売員の商品知識とEV知識をエキスパート水準にすると売れる(テスラジャパン社長インタビューから学ぶEV普及の盲点)

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

エネがえるEV/V2H
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目次

テスラジャパン社長が喝破したEV普及の「盲点」:なぜ販売員の”当たり前”が最強の戦略なのか?海外専門機関の知見から日本市場への応用を徹底解剖

序章: 日本EV市場の停滞とテスラの「絶望」からのV字回復 — 課題はインフラにあらず、人にあり

2025年、日本の自動車市場は静かな、しかし深刻な岐路に立たされている。世界が電気自動車(EV)へのシフトを加速させる中、技術大国であるはずの日本の歩みは驚くほど鈍い。最新の統計データを見れば、その現実は明白だ。日本のバッテリー式電気自動車(BEV)の新車販売におけるシェアは、いまだ乗用車全体のわずか1%から3%台を推移している 1。これは、新エネルギー車の販売比率が50%を超える中国市場の熱狂とは対照的であり、一種の「ガラパゴス化」とも言える停滞を示している。

これまで、この「EV普及の壁」の正体については、ほぼ決まりきった議論が繰り返されてきた。「充電インフラが足りない」「航続距離が不安だ」「車両価格が高すぎる」「集合住宅では充電できない」。これらは確かに重要な課題であり、政府や自動車メーカーは巨額の投資を通じてこれらの問題解決に取り組んできた。2025年度にはEV購入補助金(CEV補助金)に1,000億円、充電インフラ整備に205億円の予算が計上され 6、充電器の設置目標は2030年に30万口という野心的な数字が掲げられている 7

しかし、もしこれらの「ハードウェア」の問題が、真のボトルネックではなかったとしたらどうだろうかもし、数十億円、数百億円を投じて設置した充電器や補助金制度の効果を、最終段階で無力化してしまう「盲点」が存在するとしたら

その答えを示唆する衝撃的なケーススタディが、テスラジャパンで起きた劇的なV字回復だ。2024年7月、同社の社長に就任した橋本理智氏は、着任当初の状況を「絶望」という言葉で表現している。世界市場で破竹の勢いで成長するテスラが、なぜか日本市場だけでは売れていない。アメリカ本社から「売上を2倍にする」というミッションを課されたものの、目の前の現実はあまりに厳しかった。

橋本氏がメスを入れたのは、充電インフラの拡充要請でも、新たな補助金キャンペーンでもなかった。彼が着目したのは、顧客とブランドが接する最後の、そして最も重要な一点——販売スタッフの製品知識レベルだった。彼は「500万、600万円のクルマを売るのだから、セールス担当者はクルマやEVのことを100%知っていて当然」という、ビジネスにおける「当たり前」の基準に立ち返った。そして、社内で製品知識のレベルを測るテストを実施した。その結果は衝撃的だった。全員が合格するはずの最高レベル「エキスパート」に認定されたのは、わずか10%に過ぎなかったのだ

参考記事:テスラジャパン橋本理智社長インタビュー/日本でもより多くの人に「テスラ」を知ってもらうために | EVsmartブログ 

これが、テスラが日本で売れない根本原因だった。橋本氏は直ちに販売スタッフ全員の徹底的な再教育に着手。製品知識をエキスパートレベルにまで引き上げるための集中的な研修を行い、2024年の第4四半期が始まる10月までには、セールススタッフ全員をエキスパートレベルに到達させた。

結果は、即座に、そして劇的に現れた。2024年Q4から、テスラジャパンの販売台数は急増。それまでの低迷が嘘のような成長曲線を描き始めたのだ。

このテスラジャパンの事例は、日本のEV普及戦略における重大な示唆を含んでいる。

それは、消費者が抱えるEVへの不安や疑問という「最後の1マイル」を乗り越えるために最も重要なインフラは、コンクリートと銅線でできた充電器ではなく、専門知識と情熱で武装した「人」であるという事実だ。

いくら優れた製品、手厚い補助金、充実した充電網があっても、顧客の最終的な購買決定の場で、彼らの不安を確信に変えることのできる専門家がいなければ、すべては絵に描いた餅に終わる

本稿では、このテスラジャパンの成功事例を基点とし、日本のEV普及における真の最重要ポイントが「販売員の専門知識の徹底強化」にあることを論証する。

まず、日本の消費者が抱える具体的な不安の構造を解き明かし、それに対して現在の販売現場で何が起きているのかを分析する。次に、世界のEV先進国における販売員教育のスタンダードを徹底的に解剖し、「エキスパート」に求められる知識とスキルセットを具体的に定義する。そして最後に、これらのグローバルな知見を日本市場に最適化する形で応用し、明日からでも導入可能な「EVエキスパート育成プログラム」を提言する。これは単なる一企業の成功譚の解説ではない。日本のEV普及を阻む「見えざる壁」を打ち破るための、最もコスト効率が高く、即効性のある戦略の解体新書である。

第1章: 日本の消費者が抱える「5つの壁」と、販売現場で起きている致命的なミスマッチ

日本の消費者がEV購入をためらう理由は、漠然とした不安の集合体ではない。それは、具体的で論理的な5つの「壁」として構造化することができる。これらの壁は、それぞれが独立しているようでいて、根底では「未知のテクノロジーに対するリスク認知」という共通の土台で繋がっている。そして、現在の自動車販売の現場では、知識不足の販売員がこれらの壁を低くするどころか、かえって高くしてしまっているという致命的なミスマッチが発生している。ここでは、その5つの壁とミスマッチの実態を詳細に分析する。

1. 充電インフラの壁

消費者の不安: 「一体どこで充電すればいいのか?自宅はマンションだから無理だろう。外出先で充電器が空いていなかったら?故障していたらどうする?」

特に、集合住宅の居住率が高い日本では、自宅での基礎充電が確保しづらいという認識が根強く、これが最大の心理的障壁の一つとなっている 8。日産自動車の調査でも、「自宅で充電できない」ことがEV購入を諦める理由の2位(56.2%)に挙げられている 9。

客観的な事実: 消費者の認識とは裏腹に、日本の充電インフラ整備は着実に進んでいる。経済産業省の発表によれば、2025年3月末時点での国内の公共用充電器は約6.8万口に達し、1年間で約2.8万口というペースで増加している 7。これは、前年同月の約4.3万口から大幅な伸びである 4。政府は2030年までに30万口という目標を掲げており、量の確保は加速している 7。課題は「量」から「質」へと移行しつつある。例えば、高速道路への高出力(90kW以上)急速充電器の整備 7、宿泊施設や商業施設といった目的地での普通充電(デスティネーションチャージング)の拡充 10、そして充電器の故障やメンテナンスといった運用面の信頼性向上である 11

販売現場のミスマッチ:

  • 素人販売員: 「大丈夫ですよ、充電器は全国にたくさんありますから」と、根拠のない精神論で応答する。具体的な充電場所や利用方法を尋ねられても、曖昧な返答しかできず、顧客の不安を増幅させてしまう。

  • エキスパート販売員: 「お客様のご自宅はどちらですか?通勤ルートや、週末によくお出かけになる商業施設はございますか?」と、顧客のライフスタイルをヒアリングすることから始める。「お客様の通勤経路ですと、この急速充電器が便利です。また、よく行かれるイオンモールには6kWの普通充電器が複数ありますので、お買い物の間に充電が完了しますね」と、具体的な充電計画を顧客と一緒にシミュレーションする。マンション住まいの顧客には、近隣の公共充電スポットの利用パターンや、管理組合への充電器設置提案のサポート事例などを提示し、「自宅に充電器がなくてもEVライフは可能です」という具体的な道筋を示す。彼らは、抽象的なインフラ網の話ではなく、顧客一人ひとりの生活圏に落とし込んだ「パーソナル充電マップ」を提供するコンサルタントとなる。

2. 経済合理性の壁

消費者の不安: 「EVは車両価格が高い。補助金制度は複雑でよくわからない。本当にガソリン車より得になるのか?数年後のバッテリー交換費用は?」

テスラジャパンの橋本社長も「日本ではまだテスラを高級車だと思っている人がたくさんいる」と指摘するように、高い初期費用は大きな障壁である。日産の調査でも、購入のボトルネック第1位は「費用が高額」(59.4%)であった 9。

客観的な事実: 2025年度の国のCEV補助金は、普通車EVで最大90万円、軽EVで最大58万円と手厚い 12。これに地方自治体独自の補助金を併用することも可能だ。例えば、テスラのモデル3やモデルYは、国の補助金だけで最大87万円の交付が受けられる 13。これにより、橋本社長が言うように「400万円以下で買えるケース」も現実となる。さらに、EVはエンジンオイル交換などの定期メンテナンス費用がガソリン車より安く、自宅で充電すれば燃料費(電気代)もガソリン代より大幅に安価になる。問題は、これらの要素を総合的に比較する「総所有コスト(Total Cost of Ownership, TCO)」の概念が一般消費者に浸透していないことだ。

販売現場のミスマッチ:

  • 素人販売員: 「今なら補助金が85万円出ます」と、単発の情報しか提供できない。TCOの概念を理解しておらず、顧客の「本当に得なのか?」という本質的な問いに答えることができない。

  • エキスパート販売員: TCOシミュレーションツールを使い、顧客の現在の車種、年間走行距離、ガソリン代、地域の電気料金プランといった情報をヒアリングする。その場で、車両価格、補助金、税金、5年間の燃料費(電気代)、メンテナンス費用を比較した具体的なシミュレーション表を作成し、「初期費用は高く見えますが、5年間で比較するとガソリン車より〇〇万円お得になります」と、データに基づいて経済合理性を証明する。彼らは単なる車の販売員ではなく、顧客の家計を考慮したファイナンシャル・アドバイザーの役割を果たす。

3. 航続距離の壁

消費者の不安: 「カタログ通りの距離を走れるのか?エアコンを使ったら一気に減るのでは?長距離旅行は無理だろう」いわゆる「航続距離不安(Range Anxiety)」は、EVの黎明期から続く根深い懸念である。

客観的な事実: 近年のEVはバッテリー技術の進化により、一充電あたりの航続距離(WLTCモード)は500kmを超えるモデルも珍しくない。しかし、実際の航続距離は、外気温、走行速度(特に高速道路)、エアコンの使用などによって変動する。特に冬場の暖房使用は電費に影響を与える 14。一方で、日本のドライバーの多くは日常的な走行距離が短く、年間走行距離1万km未満のユーザーが40%強を占めるというデータもあり、多くの人々にとってはオーバースペックである場合も多い 8重要なのは、カタログスペックの数字そのものではなく、ユーザーの実際の使い方と車両の性能を正しくマッチングさせることである。

販売現場のミスマッチ:

  • 素人販売員: 「この車は500km走りますから、東京から大阪まで余裕ですよ」と、カタログスペックを鵜呑みにして説明する。冬場の航続距離低下について質問されると口ごもり、顧客の不信感を招く。

  • エキスパート販売員: 「WLTCモードでの航続距離は500kmですが、これはあくまで目安です。お客様の主なご用途は通勤ですか、それとも週末のレジャーでしょうか?」と問いかける。そして、「冬場に暖房をしっかり使うと、実質的な航続距離は3割ほど短くなる可能性があります。しかし、このモデルはシートヒーターやステアリングヒーターが標準装備ですので、これらを活用すれば暖房の使用を抑え、航続距離の低下を最小限にできます。また、出発前にタイマーで車内を暖めておく『プレコンディショニング』という機能もございます」と、具体的な対策と運用ノウハウを提示する。彼らは、ネガティブな情報も隠さず開示した上で、それを克服する具体的な方法論を教えることで、顧客の不安を「管理可能なリスク」へと変える

4. 雪国・寒冷地性能の壁

消費者の不安: 「北海道や東北の冬でEVは使い物になるのか?バッテリー性能が落ちて、立ち往生しないか?」これは、日本の国土の半分以上を占める積雪寒冷地の住民にとって、極めて現実的かつ深刻な懸念である 16

客観的な事実: 低温下ではリチウムイオンバッテリーの化学反応が鈍化し、性能が低下するのは事実である。航続距離が短くなり、充電速度も遅くなる傾向がある 14。しかし、EVは雪国においてガソリン車を凌駕する数多くのメリットも持つ。モーターによる緻密なトルク制御は、滑りやすい路面でのトラクション性能を飛躍的に向上させる 18重量物であるバッテリーを床下に搭載することによる低重心設計は、車両の安定性を高め、横滑りを抑制する 18。また、排気ガスを出さないため、大雪による立ち往生の際にマフラーが雪で埋まり一酸化炭素中毒に陥る危険性がない 18。さらに、エンジンを暖める必要がなく、スイッチオンですぐに暖房が効き始めるのも大きな利点だ。

販売現場のミスマッチ:

  • 素人販売員: 雪国での性能について尋ねられると、「たぶん大丈夫だと思います」と曖昧に答えるか、話題をそらそうとする。メリットとデメリットを体系的に説明できず、顧客の最も重要な懸念を解消できない。

  • エキスパート販売員: 「おっしゃる通り、冬場はバッテリー性能が若干低下するという側面はございます」と、まず顧客の懸念を肯定的に受け止める。その上で、「しかし、実はEVは雪道にこそ強みを発揮します」と切り出し、前述の緻密なトラクション制御、低重心による安定性、一酸化炭素中毒リスクの皆無といったメリットを、具体的な走行シーンを交えて情熱的に語る。「凍結した坂道での発進性能は、多くの4WDガソリン車を上回るほどです」と、デメリットを補って余りあるアドバンテージを提示し、不安を期待へと転換させる。

5. 未知への不安の壁

消費者の不安: 「そもそもEVって何?回生ブレーキって?メンテナンスはどうすればいいの?数年後のリセールバリューは?」100年以上続いた内燃機関の常識から、全く新しいパラダイムへ移行すること自体への根源的な不安である。特に、新しい物事に対して保守的な傾向があるとされる日本市場では、この心理的障壁は無視できない 8

客観的な事実: EVは、購入から日々の運転、メンテナンスに至るまで、ガソリン車とは異なる作法や知識が求められる。しかし、その多くは一度理解すれば難しいものではなく、むしろガソリン車よりもシンプルで快適な体験をもたらす。例えば、回生ブレーキによるワンペダルに近い運転感覚は、慣れれば運転の疲労を大幅に軽減する定期的なエンジンオイル交換が不要なメンテナンスの手軽さも大きなメリットだ。問題は、これらの新しい概念や体験を、購入前に顧客が正しく理解し、納得できる機会がないことだ。

販売現場のミスマッチ:

  • 素人販売員: 専門用語をそのまま使い、顧客を混乱させる。「この車はNMCバッテリーで、回生ブレーキのレベルも調整できます」と言われても、顧客には何も伝わらない。

  • エキスパート販売員: 優れた教育者のように、複雑な概念を巧みな比喩で翻訳する「回生ブレーキというのは、アクセルを離したときに、エンジンブレーキのように減速する力で発電して、バッテリーに電気を戻す仕組みです。ちょうど、自転車のダイナモライトのようなものですね。これを使えば、ブレーキペダルを踏む回数が劇的に減って、運転がとても楽になりますよ」と説明する。彼らは、単なる販売員ではなく、新しいモビリティ文化への移行を導くガイドであり、顧客が抱える漠然とした不安を一つひとつ丁寧に解きほぐし、信頼関係を構築する。

これら5つの壁を前にしたとき、販売員の知識レベルが天国と地獄を分けるエキスパートは、顧客の不安という「負債」を、知識とコンサルティングによって「資産」へと転換させる錬金術師である。

彼らの存在こそが、日本のEV普及を阻む最後の、そして最大の壁を打ち破る鍵なのだ。

第2章: EV販売のグローバルスタンダード — 世界の専門教育機関が教える「エキスパート」の条件

テスラジャパンの事例が示したように、「エキスパートレベルの知識」はEV販売の成否を分ける。しかし、この「エキスパート」という言葉は具体的に何を指すのだろうか。それは単に車両のスペックを暗記することではない。EVが主流となりつつある欧米の市場では、販売員を従来の「セールスパーソン」から、顧客のライフスタイル変革を導く「EVコンサルタント」へと進化させるための、高度に体系化された教育プログラムが確立されている

これらのプログラムを分析することで、EV販売におけるグローバルスタンダード、すなわち「エキスパートの条件」が明らかになる。本章では、北米や欧州で実績のある主要なEV販売専門教育機関のカリキュラムを解剖し、その構造と核心的な学習目標を浮き彫りにする。

世界のEV販売員教育プログラムの構造分析

世界の主要なEV販売員向けトレーニングプログラムは、驚くほど共通した構造を持っている。それは、車両そのものの知識(What)だけでなく、EVを取り巻くエコシステム全体の理解(How)と、顧客の不安を解消し、ライフスタイルに合わせた提案を行うコンサルティング技術(Why)を三位一体で教育する点にある。

1. PlugStar (米国):

非営利団体Plug In Americaが運営する、北米で最も広く認知されたディーラー認証プログラムの一つ 19。そのカリキュラムは、EV販売の基礎を網羅的にカバーしている 19。

  • EVの基礎: BEV、PHEVといった製品カテゴリーの基本から、バッテリー技術、モーターの特性までを学ぶ。

  • 充電の基礎: 自宅充電、公共充電、AC(普通)とDC(急速)の違い、充電速度、コネクタの種類など、充電に関するあらゆる側面を網羅する。

  • インセンティブと経済性: 国、州、地方自治体の補助金や税控除、電力会社の特別料金プランなど、複雑な金銭的メリットを顧客に分かりやすく説明するスキルを習得する。

  • 販売ベストプラクティス: 顧客の不安(航続距離、バッテリー寿命、充電インフラ)に事実ベースで対処する「反論処理」の技術を重点的に学ぶ 19

PlugStarの特筆すべき点は、訓練を受けた販売員は、受けていない販売員に比べて4倍多くのEVを販売するという実績データである 19。これは、専門知識が販売実績に直結することを示す強力な証拠だ。

2. ElectrifIQ (米国):

全米自動車ディーラー協会(NADA)と持続可能エネルギーセンター(CSE)が共同開発した全国統一のオンライン認定資格 22。90分で完了するモバイルフレンドリーな7つのモジュールで構成され、多忙な販売員の学習をサポートする 22。

  • 顧客タイプの理解: EVに興味を持つ顧客の動機や懸念をタイプ別に分析し、それぞれに最適化されたアプローチ方法を学ぶ。

  • コンサルティングプロセス: 顧客のライフスタイルや運転習慣をヒアリングし、最適なEVと充電ソリューションを提案する、一連のコンサルティングプロセスを体系的に習得する。

  • ブランド横断的な知識: 特定のメーカーに依存しない、市場全体のEVモデル(新車・中古車問わず)に関する知識を身につけ、顧客に幅広い選択肢を提示できる能力を養う 22

3. BVRLA (英国):

英国の車両レンタル・リース協会(BVRLA)が提供するディーラー向けトレーニングプログラム 23。特に、顧客が抱く「FUD(Fear, Uncertainty, Doubt – 恐怖、不確実性、疑念)」を払拭することに重点を置いている 23。

  • EVランドスケープ: 英国および欧州市場のEVモデルの動向、競合分析、今後の展望など、マクロな視点を養う。

  • 実践的な運転知識: 回生ブレーキの仕組みと効果的な使い方、航続距離を最大化する運転テクニック、冬場の注意点など、オーナー目線での実践的な知識を重視する。

  • 充電エコシステム: 充電曲線の意味、公共充電ネットワーク事業者の評判(良い点・悪い点)など、より踏み込んだ現実的な情報を提供する。

  • オペレーションとメンテナンス: 12Vバッテリーが上がった場合の対処法、バッテリーの健康状態を維持する方法、EV特有のメンテナンス項目など、所有後のリアルな疑問に答える知識を学ぶ 23

これらのプログラムに共通するのは、販売員を単なる「商品の説明係」ではなく、顧客のEV導入に関するあらゆる疑問や不安に答える「信頼できるアドバイザー」へと育成しようという明確な意図である。

グローバルスタンダードの要諦:コンサルティングへのパラダイムシフト

これらの先進的なカリキュラムを統合・分析すると、「エキスパート」に求められる知識とスキルは、以下の5つの階層に整理できる。

  1. 【技術理解層】 EVテクノロジーの翻訳能力:

    バッテリーの種類(LFP、NMC)、モーターの特性、回生ブレーキ、ヒートポンプといった専門用語を、顧客が理解できる平易な言葉や比喩で説明する能力。なぜそれが顧客のメリットに繋がるのかを論理的に語れること。

  2. 【インフラ習熟層】 充電エコシステムの完全把握:

    自宅、職場、公共の充電オプションを熟知し、顧客の居住形態(戸建て、集合住宅)やライフスタイルに合わせて最適な充電プランを設計する能力。充電カードの選び方、アプリの使い方まで具体的に案内できること。

  3. 【経済合理性証明層】 TCOとインセンティブの専門知識:

    車両価格だけでなく、燃料費(電気代)、メンテナンス費、税金、補助金を総合した総所有コスト(TCO)を算出し、ガソリン車と比較して経済的な優位性をデータで示す能力。複雑な補助金制度を顧客に代わって理解し、最大限活用する方法をアドバイスできること。

  4. 【不安解消・神話破壊層】 反論処理とリスク管理能力:

    航続距離不安、バッテリー劣化、充電インフラの懸念といった典型的な反論に対し、感情論ではなく、事実、データ、第三者機関の評価などを引用して冷静かつ的確に対応する能力。顧客の不安を先読みし、プロアクティブに情報を提供することで、懸念を信頼に変えるスキル。

  5. 【ライフスタイル提案層】 顧客中心のコンサルティング能力:

    すべての知識を統合し、最終的に顧客一人ひとりの生活に寄り添った提案を行う能力。「あなたにとってEVは必要か」という問いから始め、通勤、家族構成、趣味、将来設計までを考慮し、「あなたの生活をより豊かにするためのツールとしてのEV」という価値を提示すること。

この構造は、従来の自動車販売が製品の機能や価格を訴求する「トランザクション(取引)型」であったのに対し、EV販売は顧客の生活全体の変革を支援する「トランスフォーメーション(変革)型」であることを明確に示している。ガソリンスタンドという100年以上続いたインフラと文化から、自宅充電という新しい生活様式へと顧客を導くには、販売員自身がテクノロジストであり、ファイナンシャルプランナーであり、ライフスタイルコーチでなければならない

以下の表は、主要な海外トレーニングプログラムのカリキュラム内容を比較し、このグローバルスタンダードがいかに体系的であるかを示したものである。

表1: 主要海外EV販売トレーニングプログラムのカリキュラム比較分析

学習領域 PlugStar (米国) ElectrifIQ (米国) BVRLA (英国)
技術基礎 EV/PHEVの基本構造、バッテリーとモーターの原理 EVの基本概念、ブランド横断的なモデル知識 回生ブレーキ、航続距離に影響する要因、運転技術
充電インフラ 自宅・公共充電、AC/DCの違い、充電速度 充電ソリューションの統合的理解 充電曲線、コネクタタイプ、公共充電事業者の評価
経済性・補助金 国・州・地方のインセンティブ、電力会社プラン、TCO 顧客タイプ別の経済的メリットの訴求 コストに関する反論処理、総所有コストの概念
反論処理 航続距離、バッテリー寿命、インフラ懸念への対処 顧客の懸念を克服するセールスプロセス FUDの払拭、現実的な航続距離と充電速度の説明
コンサルティング ライフスタイルに合わせた提案、販売ベストプラクティス 顧客ジャーニーのガイド、ニーズに合わせた提案 顧客のEVへのマインドセット変革、テストドライブ演出

この表から明らかなように、世界のエキスパートたちは、単一の知識ではなく、技術、インフラ、経済、心理学にまたがる複合的な知識体系を武器にしている

テスラジャパンがわずか3ヶ月で販売員をこのレベルに引き上げたという事実は、その教育プログラムの密度と、経営トップの強いコミットメントがいかに重要であるかを物語っている

日本の自動車業界がこのグローバルスタンダードに追いつき、追い越すためには、販売員の再教育を単なる研修ではなく、企業の最優先戦略課題として位置づける必要がある。

第3章: 日本市場への応用 — 明日から使える「EVエキスパート育成プログラム」完全版

これまでの分析で、日本のEV普及を阻む「5つの壁」の存在と、それを乗り越えるためのグローバルスタンダードな販売員教育の姿が明らかになった。本章では、これらの知見を統合し、日本の市場環境、消費者心理、インフラ状況に特化して最適化した、実践的な「EVエキスパート育成プログラム」を具体的なカリキュラムとして提案する。このプログラムは、単なる知識の詰め込みではなく、顧客の不安を自信に変えるためのコンサルティング能力を体系的に養成することを目的とする。

プログラムの全体像:5つのモジュールによる段階的習得

本プログラムは、以下の5つのコアモジュールで構成される。各モジュールは、第1章で定義した「5つの壁」に直接対応しており、販売員が顧客のあらゆる懸念に対して、理論と実践の両面から対応できる能力を身につけることを目指す。


モジュール1: EV技術の基礎と「言葉の壁」の克服

目的: EVの根幹をなす技術を正確に理解し、それを専門用語ではなく、顧客が共感できる「生きた言葉」で伝える翻訳能力を習得する。これにより「未知への不安の壁」を打ち破る。

内容:

  • 電動化車両の分類: BEV(バッテリーEV)、PHEV(プラグインハイブリッド)、HEV(ハイブリッド)の明確な違いと、それぞれのメリット・デメリットを顧客の利用シーン別に説明するロールプレイング。

  • バッテリーの科学: 主流であるリチウムイオンバッテリーの種類(NMC系、LFP系など)による特性の違い(エネルギー密度、コスト、寿命、安全性)を学ぶ。顧客の「バッテリーはすぐ劣化するのでは?」という不安に対し、「現在のバッテリーは8年または16万kmの保証が付くのが一般的で、スマートフォンのバッテリーとは全く異なるレベルの耐久性を持っています」と、具体的なデータで反論する訓練を行う。

  • モーターと回生ブレーキ: モーターが生み出す「異次元の加速」と「静粛性」の原理を理解する。回生ブレーキを「アクセルペダルだけで加減速できる、未来の運転感覚。ブレーキパッドも減らず経済的です」といった、体験価値に訴える言葉で説明するスキルを磨く。

  • エネルギー効率の鍵(ヒートポンプ): 特に寒冷地で重要となるヒートポンプ式エアコンの仕組みを学ぶ。「従来の電気ヒーターに比べ、消費電力を3分の1程度に抑えられるため、冬場の航続距離低下を最小限に食い止めます」と、技術的優位性を具体的な数値で伝える。


モジュール2: 日本の充電エコシステム完全マスター

目的: 日本国内の複雑な充電環境を完全に把握し、顧客一人ひとりの生活に最適な「パーソナル充電プラン」を立案できる能力を養う。これにより「充電インフラの壁」を解消する。

内容:

  • 充電ネットワークの勢力図: e-Mobility Powerが中心となる日本の公共充電ネットワークの現状、主要な充電サービスプロバイダー(ENECHANGE、Terra Chargeなど)の特徴と料金体系を徹底比較。

  • 自宅充電ソリューション:

    • 戸建て: 3kW/6kW普通充電器の設置工事の流れ、費用、補助金制度(国のV2H補助金 13 など)について、顧客に代わって説明できるレベルまで習熟する。V2H(Vehicle to Home)を「EVを家庭用の巨大な蓄電池として使い、停電時の備えや電気代削減に繋がります」と、付加価値を訴求する。

    • 集合住宅: 最も困難なこのケースに対し、管理組合への提案方法、居住者合意形成のノウハウ、既存の駐車場に後付けできる充電サービスの事例(コンセント型、高圧一括受電を利用したサービス等)を学ぶ。

  • 実践的充電プランニング: 顧客の行動パターン(平日/休日、通勤/レジャー)をヒアリングし、「EVsmart」などの充電スポット検索アプリを実際に使いながら、具体的な充電計画をシミュレーションする。例えば、「平日は会社の充電器を使い、週末の遠出では高速道路の90kW急速充電器で30分休憩する間に80%まで充電する」といったリアルな運用イメージを共有する。


モジュール3: 「お金のプロ」になるためのTCOと補助金徹底講座

目的: 車両価格という一点だけでなく、購入から維持、売却までを含めた総所有コスト(TCO)の観点からEVの経済合理性を証明できる、ファイナンシャル・アドバイザーとしての能力を身につける。これにより「経済合理性の壁」を説得力のあるデータで乗り越える

内容:

  • 補助金制度の完全理解: 国のCEV補助金 12 の最新情報(2025年度版)、申請手続きの流れ、注意点をマスター。さらに、東京都をはじめとする主要自治体の上乗せ補助金についても詳細に学習する。

  • TCO算出マスター: エネがえるEV・V2Hや専用のシミュレーションシート(Excel)を使い、以下の項目を顧客と一緒に埋めながら、5年間のTCOを算出する訓練を繰り返す。

    1. 初期費用: 車両本体価格 – 国の補助金 – 自治体の補助金 = 実質購入価格

    2. 維持費(5年間):

      • エネルギー費: 年間走行距離 ÷ 電費 × 電気料金単価

      • メンテナンス費: 法定点検、タイヤ交換費用など(エンジンオイル交換等が不要な点を強調)

      • 税金: 自動車税、重量税の減免措置を反映

      • 保険料: 型式別料率クラスの現状と、販売台数増加による将来的な低下可能性を説明

  • 比較分析: 算出したEVのTCOを、同クラスのガソリン車やハイブリッド車のTCOと比較提示する。以下の表は、そのシミュレーションの一例である。

表2: 5年間・総所有コスト(TCO)シミュレーション(年間走行1万kmと仮定)

項目 X社 XXXX (ガソリン) X社 XXXX (ハイブリッド) X社 BEV XXXX
車両本体価格 (税込) ¥2,500,000 ¥3,700,000 ¥5,613,000
補助金 (国+自治体) ¥0 (エコカー減税等) – ¥818,000 (例: 東京都)
実質購入価格 ¥2,500,000 ¥3,700,000 ¥4,795,000
5年間の燃料/電気代 ¥533,000 (15km/L, ¥160/L) ¥320,000 (25km/L, ¥160/L) ¥214,000 (7km/kWh, ¥30/kWh)
5年間の税金 ¥172,500 ¥34,500 (減税後) ¥27,500 (減税後)
5年間のメンテ費 (推定) ¥150,000 (オイル交換含) ¥120,000 ¥50,000 (オイル交換不要)
5年間の総所有コスト ¥3,355,500 ¥4,174,500 ¥5,086,500
ガソリン車との差額 + ¥819,000 + ¥1,731,000

注: 上記はあくまで一例であり、実際の価格、補助金額、燃費/電費、燃料/電気代単価によって変動します。この表は、販売員が顧客ごとにカスタマイズして提示するためのツールです。

このTCO分析を通じて、「初期費用は高いが、維持費が安いため、長期的にはガソリン車との差が縮まる。ライフスタイルによっては逆転する可能性もある」という事実を、客観的な数字で示すことが可能になる。


モジュール4: 航続距離と気象条件 — 不安を自信に変えるコンサルティング術

目的: カタログスペックの数字に頼らず、顧客のリアルな運転実態と日本の気候特性に基づいた航続距離の考え方を伝え、特に雪国での運用に関する不安を、逆にEVの強みを訴求する好機へと転換する高度なコンサルティング術を習得する。これにより「航続距離の壁」と「雪国・寒冷地性能の壁」を同時に攻略する。

内容:

  • 運転ライフスタイル・オーディット: 顧客に対し、「一日の平均走行距離は?」「最も遠くまで運転するのはどのような時ですか?」「高速道路の利用頻度は?」といった質問を通じて、必要な航続距離を明確化する。「ほとんどの日は50kmも走らないお客様にとって、500kmの航続距離は、毎日満タンにする必要がないという『給油の手間からの解放』を意味します」と、視点を転換させる。

  • 航続距離変動要因のマスター: 季節(夏/冬)、道路(一般道/高速道)、運転スタイル(急加速/穏やか)による航続距離の変動を、具体的なパーセンテージで説明できるようにする。

  • 雪国コンサルティング:

    • デメリットの直視と対策: 「冬場はバッテリーが冷え、暖房を使うため、航続距離は20-30%ほど短くなる場合があります。そのため、長距離を走る前日は、なるべく屋内の駐車場に停めるか、出発前に充電ケーブルを繋いだままプレコンディショニングを行うことをお勧めします」と、プロとして誠実な情報と対策をセットで提供する。

    • メリットの最大化: 「しかし、EVのモーターはアクセル操作に0.1秒単位で反応するため、凍結路面でのタイヤの空転を瞬時に抑え込みます。この滑らかで力強い発進は、多くのガソリン4WD車が苦手とする場面です 17。また、万が一の立ち往生でも、排気ガスが出ないので一酸化炭素中毒の心配なく、暖房を使い続けられます 18」と、安全性の高さを強調し、雪国におけるEVの隠れた価値を訴求する。


モジュール5: 実践ロールプレイング — 反論処理と「感動の試乗」演出法

目的: これまで学んだ全ての知識とスキルを統合し、顧客との対話の中で自在に引き出せるようにするための実践訓練。特に、典型的な反論への対処と、EVの魅力を五感で体験させる試乗の演出方法に焦点を当てる。

内容:

  • シナリオベース・トレーニング: 様々な顧客ペルソナ(例:北海道在住で冬の性能を心配する顧客、東京のマンション住まいで充電を諦めている顧客、コストに厳しい顧客)を設定し、他の研修生が顧客役となってロールプレイングを繰り返す。教官は、論理の的確さ、言葉遣いの丁寧さ、共感力の高さを評価し、フィードバックを行う。

  • 反論処理マニュアルの構築: 「バッテリーは10年後どうなるの?」「リセールバリューが心配」「停電したらただの鉄の塊では?」といった頻出の質問に対し、データに基づいた模範回答集を全員で作成し、共有する。

  • 「感動の試乗」の設計: テスラジャパンの橋本社長が「一度試乗した人は100%買いたくなる」と語るように、試乗は最大のセールスツールである。

    • 演出法: 静かな住宅街で「圧倒的な静粛性」を、安全な直線で「シートに体が押し付けられるモーターならではの加速」を、下り坂で「アクセルを離すだけで減速し、エネルギーが回収されていく様子(回生ブレーキ)」を、意図的に体験させるコースとトークスクリプトを設計する。

    • 目的: 試乗を単なる「車の確認作業」から、顧客が「未来の移動体験」に感動し、所有したいと強く願う「エンターテインメント」へと昇華させる。

この5つのモジュールからなる体系的なプログラムを修了し、最終認定試験に合格した者だけが「認定EVエキスパート」となる。これは一過性の研修ではない。テスラが実践したように、定期的な知識のアップデートと再認定試験を繰り返すことで、常に最高レベルの専門性を維持する継続的な能力開発システムを構築することが、日本市場でEVを拡販するための最も確実な道筋となる。

終章: 究極のインフラは「人」である — 日本のEV普及、最後の1マイルを越えるために

本稿は、テスラジャパンの劇的な復活劇を起点に、日本のEV普及における真のボトルネックが、ハードウェアインフラではなく、販売の最前線に立つ「ヒューマンウェア」の欠如にあることを論証してきた。日本の消費者が抱える「5つの壁」——充電、経済性、航続距離、寒冷地性能、そして未知への不安——は、専門知識とコンサルティング能力を欠いた販売員の前では乗り越えがたい障壁となる。一方で、グローバルスタンダードの教育を受けた「エキスパート」は、これらの壁を一つひとつ解体し、顧客の不安を未来への期待へと転換させる力を持つ。

テスラジャパンの成功は、決して特定ブランドの特殊な事例ではない。それは、日本市場全体に適用可能な、普遍的な成功法則を示した「概念実証(Proof of Concept)」である。彼らは、販売員全員をエキスパートレベルに引き上げるという、自動車業界の「当たり前」を徹底しただけで、停滞した市場をこじ開けた。この事実は、我々が進むべき道を明確に照らし出している。

日本のEV普及を加速させるために、今、自動車業界に関わるすべてのステークホルダーは、戦略の優先順位を再考する必要がある。

自動車メーカーへの提言:

マーケティング予算の一部を、ディーラー販売員の育成・認証プログラムの構築へと大胆にシフトすべきである。販売員の専門知識は、もはや単なる付加価値ではない。それは、EVという製品の性能やデザインと同等、あるいはそれ以上に重要な「コア機能」の一部であると認識する必要がある。全国のディーラーで均質な、高レベルの顧客体験を提供できるかどうかが、今後のブランドの競争力を左右する。メーカー主導で、本稿で提案したような体系的な認定資格制度を創設し、資格取得を必須とすることが求められる。

自動車ディーラーへの提言:

販売員教育を「コスト」と捉える時代は終わった。それは、自社のビジネスを未来に適応させるための最も重要な「投資」である。地域社会において「EVのことなら、あの店に行けば間違いない」と認知される「EVセンター・オブ・エクセレンス」を目指すべきだ。エキスパートを育成し、彼らが存分に能力を発揮できる環境(TCOシミュレーションツールの導入、試乗車の充実など)を整えることで、他社との明確な差別化を図ることができる。それは、単にEVを売るだけでなく、地域のエネルギー転換をリードするという、新たな社会的役割を担うことにも繋がる。

政府(経済産業省など)への提言:

現在のEV普及政策は、車両購入補助(CEV補助金)と充電インフラ整備補助が二本柱となっている 6。ここに、「人材育成支援」という第三の柱を加えることを強く推奨する。例えば、CEV補助金予算の一部を、業界標準となる販売員認証プログラムの開発や、ディーラーが研修に参加する際の費用補助に充当する、といった施策が考えられる。なぜなら、高度な知識を持つ販売員は、いわば「補助金の効果を最大化する触媒」だからだ。一人のエキスパートが年間100台のEVを販売すれば、それは100人分の補助金が確実に、そして効果的に市場へと投入されることを意味する。物理的な充電器を1基設置するよりも、一人の「人間充電器」を育成する方が、費用対効果の面で遥かに高い投資収益率(ROI)を生む可能性がある。

結論として、日本のEV普及における「最後の1マイル」を越えるために不可欠な、究極のインフラとは「人」である。顧客とテクノロジーの間に立ち、複雑な情報を翻訳し、不安を取り除き、新しいライフスタイルへの一歩を力強く後押しする、専門知識と情熱を持ったプロフェッショナル。彼らこそが、日本の津々浦々にEVという未来を届け、社会全体のエネルギー転換を加速させる最もパワフルなエンジンとなる。テスラジャパンが示した道を、今こそ日本全体で歩み始める時である。


FAQ(よくある質問)

Q1: 補助金を使った場合、テスラ モデル3の実際の支払額はいくらになりますか?

A1: 2025年10月時点の国のCEV補助金では、テスラ モデル3(RWD)は67万円、ロングレンジやパフォーマンスモデルは87万円の対象となります 13。これに、お住まいの自治体の補助金が上乗せされます。例えば東京都の場合、追加で補助があるため、実質的な補助金額はさらに大きくなります。車両価格からこれらの補助金額を差し引いたものが、初期の支払額の目安となります。正確な金額は、購入時期の制度に基づき、販売店で見積もりを取得してください。

Q2: 東京のマンションに住んでいますが、EVを所有することは可能ですか?

A2: 可能です。いくつかの選択肢があります。まず、管理組合の許可を得て、ご自身の駐車区画に普通充電器を設置する方法。次に、マンションの共用部に充電器を設置してもらうよう働きかける方法。近年、集合住宅向けの充電サービスを提供する事業者が増えており、初期費用ゼロで設置できるプランもあります。また、自宅に充電器がなくても、近隣の公共充電スポット(商業施設、コインパーキング等)や、職場の充電器を活用することでEVライフを送っているオーナーは多数います。重要なのは、ご自身のライフスタイルに合った充電計画を立てることです。

Q3: EVのバッテリーは、スマートフォンのように数年で劣化してしまうのですか?

A3: いいえ、EVのバッテリーはスマートフォンとは比較にならないほど高度な制御と耐久性を持っています。多くのメーカーは、バッテリーに対して「8年または16万km」といった長期の保証を付けています。これは、その期間内に著しい容量低下(例:70%未満)があった場合に保証対象となるものです。適切な管理(極端な満充電や完全放電を避けるなど)を行えば、10年以上経過しても十分な性能を維持することが一般的です。

Q4: 雪国でのEVの性能は本当に大丈夫ですか?特に航続距離が心配です。

A4: 冬場の低温下では、バッテリー性能の低下と暖房の使用により、航続距離が夏場に比べて20~30%程度短くなることは事実です 14。しかし、これを理解した上で運用すれば問題ありません。例えば、出発前に充電ケーブルを繋いだまま車内を暖める「プレコンディショニング」を活用すれば、走行用のバッテリー消費を抑えられます。むしろ、モーターによる緻密な四輪制御は、凍結路面での発進や走行安定性に絶大な効果を発揮し、ガソリン車以上の安心感をもたらすという声も多くあります 17。

Q5: EVのメンテナンス費用は、ガソリン車と比べてどうですか?

A5: 一般的に、EVのメンテナンス費用はガソリン車よりも大幅に安価です。最大の理由は、エンジン、トランスミッション、マフラーといった複雑な機構がなく、エンジンオイル、オイルフィルター、スパークプラグなどの定期的な交換部品が不要だからです。主な消耗品はタイヤ、ブレーキパッド(回生ブレーキ多用のため摩耗が少ない)、エアコンフィルター程度で、定期点検の費用も安く抑えられます。


ファクトチェック・サマリー

本記事に記載されている情報、特にEVの販売台数、シェア、補助金額、充電インフラの設置数に関する統計データは、2025年10月23日時点で入手可能な最新の情報に基づいています。データの主な参照元は、日本自動車販売協会連合会、全国軽自動車協会連合会、経済産業省、次世代自動車振興センター、および各調査機関が公表した公式資料です。引用されたインタビュー内容や各教育機関のカリキュラムについても、提示された出典情報を基に正確性を確認しています。ただし、補助金制度や市場データは常に変動するため、最新の情報は各公式ウェブサイトでご確認いただくことを推奨します。


参考文献

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26 https://ev-charge-enechange.jp/articles/139/

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5 https://carconnect.jp/column/ev/evs-are-not-widespread/

27 https://www.nttev.com/column/ev_initiatives_japan_world/

11 https://www.nttev.com/column/2025_ev_infrastructure/

6 https://www.ncsol.co.jp/column/c_020/

4 https://evdays.tepco.co.jp/entry/2021/09/28/000020

7 https://blog.evsmart.net/electric-vehicles/electric-vehicle-charging-infrastructure-progress-ev-adoption-support-expansion/

28 https://www.nri.com/jp/media/column/scs_blog/20250604.html

10 https://evdays.tepco.co.jp/entry/2025/01/29/evtrend202504

12 https://evdays.tepco.co.jp/entry/2021/05/06/000009

13 https://www.taiyoko-kakaku.jp/archives/9629.html

29 https://www.tesla.com/ja_jp/support/incentives

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24 https://www.cev-pc.or.jp/

25 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/automobile/cev/r6hosei_cev.html

14 https://ev-charge-enechange.jp/articles/052/

18 https://www.evee.energy/column/detail?columnId=688aebf8d29a99177bb4e441

17 https://evdays.tepco.co.jp/entry/2023/02/27/drive2

16 https://www.ncsol.co.jp/case/hiroka/

15 https://carsmora.com/article/detail/10001505

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23 https://www.bvrla.co.uk/learning-development/courses/electric-vehicles-cars-for-dealerships.html

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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